新海誠監督から見る風景『クロスロード』

先日公開された新海誠監督による短編アニメーション『クロスロード』。Z会のCMのために制作されたこの映像ですが、そこに込められた祈りのような想いは一貫して新海監督の根底に根付いたものを繊細に切り取ったフィルムであったように思えます。

特に120秒verにおいてはその冒頭に、そして15秒、30秒verにおいても同様にその主題として置かれた 「遠くにいきたい」 という熱の篭る言葉*1。『ほしのこえ』や『雲のむこう、約束の場所』から辿れば全ての作品において描かれていたであろう“遠くを見据える”ことへの美学、そして“夢に向かい手を伸ばす”ことの尊さを、僅か2分弱で描き出してみせた『クロスロード』は言うなれば監督自身の祈りや願い、夢そのものの象徴でもあったのだと思います。


それも言うなれば“叶うことはないだろう”と思わせたこれまでの物語の数々(それは例えば、『ほしのこえ』 における恋人との再会であったり、『星を追うこども』 における父との再会であったり)からして、遂には手紙が届く『言の葉の庭』を経て切り拓かれた新海監督の新境地。過去を土台として物語を構築するのではなく、これからのために土台を積み上げていくような、そんな未来への期待と鼓動の高鳴り。交差から始まる物語ではなく、それはきっと“これから”交差していくための物語なのだろうということ。

また『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』といっ作品においても描かれた飛翔のモチーフである鳥がファーストカットを埋め尽くせば、物語の先・未来へと進んでいくかのような電車のカットが幾度となく描かれるのも新海監督の作品だなと感じられる画面構成。加えて、「わざわざ東京の大学になんて行かなくったって」と諭す母親の言葉に「けれど」と暗黙に反語を返してみせるように徹底して描かれたこの映像からは、若者の背を力強く押すような明るい未来への展望を感じられます。

また夏から冬へ。そして通信教育や講習を経て“遠くに在る筈の何処か”に向かう二人が交差する瞬間に桜を咲かす映像のスタンスは、私が新海監督の作品に心酔してしまう理由として提示したい眩さをしっかりと放ってくれていたように思います。情報量の多い映像、遠くを見据える視線、擦れ違う二人、物語の節目に訪れる季節の変わり目。それこそ大きく括ってしまえば大成建設のCMから、『はるのあしおと』のデモムービーまで遡れるであろうその美しき雄弁な風景は、まさに新海監督の代名詞と言っても過言ではないのでしょう。

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また都会に心を寄せる島育ちの少女とくれば、思い出されるのはやはり他でもなく『コスモナウト』で登場した澄田花苗その人です。想いを馳せる対象は違えど、この『クロスロード』のヒロインである海帆もきっと花苗と同じ夢を追い続ける真っ直ぐで幼気な少女像。監督の視界に彼女はどのように映り込んでいるのか、などと考えると、それは世界から祝福されて然るべき純粋な少女性そのものなのかなと、どうしても考えてしまいますね。


たった数分の映像ではありますが、そこに込められた氏の想いと必然として浮き出てしまう映像の妙、物語の在り方。受験生に向けてというテーマとZ会のコマーシャルとしての意味合いを果たした上で、尚『新海誠』というレーベルの素晴らしさを描いてくれた今回の作品には惜しみない拍手を送りたいと思います。また田中将賀さん、やなぎなぎさんとのタッグにより、一層キャッチ―な画面になっていたのは私としてもかなり新しい驚きで、これから新海監督が手掛けてくれるであろう作品にも益々大きな期待を寄せたいと強く心に刻み込めた映像でもありました。

*1:Z会公式チャンネルより

*2:minori works 公式チャンネルより