『ARIA The ORIGINATION』4話は表情で語る

絵コンテ演出原画に井上英紀。『ARIA』シリーズ独特の空気感を大切にしつつ丁寧に描かれた今話における表情づけは、あらゆる賞賛の言葉が遥か彼方に霞んでしまう程の衝撃を私に与えてくれました。

特に灯里が初対面の3人と一人ずつ会話を交わしていくシーンが本当に素晴らしいです。ぎりぎりで瞳が見切れるカットをスタートとして、そこからじっくりカメラをパンアップしていく様子はまさに彼女たちそれぞれが抱える想いを少しずつ覗き込んでいくように感じられ、堪らないものがありました。

ここでもじっくりパンアップ。左のカットから始まり、段々とカメラが彼女の表情を捉えていきます。最終的には右の位置で一度切られるわけですが、その塩梅と間の持たせ方には溜息が出るばかり。

杏のアップショット、3人目です。遠くを見つめる視線。未来への淡い期待。“表情で物語を語る”ということ。また3人の話を聞き終えた灯里がそれぞれ別々の表情を魅せてくれるのも非常に良く、彼女がそれぞれの話から“何を感じ取ったのか”ということがその表情からは示唆的に感じ取ることが出来たと思います。

そして3人の夢と灯里の心情を画面から滲ませた上で流れるのは1期主題歌『ウンディーネ』。インストゥルメンタルとして編曲されたこの音楽が意味するのは“祝福”であり“見守る視線”そのものであったのだと私は思います。灯里が一つ漕ぎだすと奏でられるこの曲は、この『ARIA』世界における不変の象徴であり、初心の頃を思い出させてくれる契機そのものです。この3期に入っても尚、まだ悩み続けては多くの葛藤を抱える彼女たちですが、その度に彼女たちは立ち返り、前を向き、未来を見据えていました。


「いつでもどこでも、何度でも。チャレンジしたいって思った時が真っ白なスタートです」


灯里の台詞を借りれば、つまりはそういうことなのでしょう。変わらなくちゃいけない時があって、でもそれは変わらない何かがあるからで。そんな気持ちと感情のスタンス。忘れそうになったら想い出して、忘れたくないから想いを刻んで。そうすればきっと夢は叶う。想いは届く。そういう優しさの上でこの世界は成り立っている。

なにより、そうした言葉や感情を今度は音楽や台詞だけではなく、“表情で語ろう”とする巧さがこの作品の、特に4話における素晴らしさとも言えるのではないかと思います。前述でも挙げた通り、他にも素晴らしい表情を魅せてくれたカットはあったわけですが、特にアトラの表情にはそれだけで物語を紡いでしまうような魅力がたくさん詰まっていました。彼女を観ているだけで泣けたり、笑顔になったりしてしまう。それ程の繊細さが十二分に描き出されていました。そして、そんな彼女の表情を“見守る”みんなの視線と優しさに満ちた表情は、心の底から 「『ARIA』だなあ」 と感じられる素敵に溢れていて、私自身この船上のシーンでは自然と涙が溢れ出てしまう程に感動してしまいました。

最後は彼女たちの未来を象徴するかのように夜空に輝く一番星が描かれ、そんな彼女たちの輝き(4つの一等星)をこの世界が“見守る”かのように描かれた俯瞰カットで締め括られました。大袈裟な演出やアニメーションがあるわけでもなく、極めて静観とした立ち振る舞いで進行した今話ではありますが、だからこそ一つ一つのカットに宿る想いは時にほんの少しの機微な仕草であっても滲み出るものなのだと改めて思い知らされた挿話でもあったように思います。


それは手の表情であったり、線の表情であったり、喜怒哀楽を映す少女たちの表情であったり、その作品世界そのものが時折覗かせる表情(言い換えてしまえば、つまりはその作品が軸に据える雰囲気、空気感)であったり。恥ずかしい台詞で物語を紡いでいくのが『ARIA』であるとするならば、言葉では表現できない・したくない想いや感情を多くの表情として映し出すのも『ARIA』なのだなと。そんな二つの『ARIA』らしさが堪能できる素晴らしい話だったのではないかなと思います。また冒頭でも述べたように、この挿話は井上英紀さんの一人原画に加え、コンテ・演出も担当された希少な回です。そのための労力ともなれば正直、私には計り知れないレベルではありますが、ただ一人の方が一貫して意図を込めればこうもダイレクトに響くものが出来るのだなと、そんなことにも想いを馳せた挿話だったように思います。

ARIA The ORIGINATION Navigation.2 [DVD]

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