読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『響け!ユーフォニアム2』10話 心の屋根とカメラワーク、そして零れ出す感情の光

あすか先輩と久美子のやり取りを描いたBパート。本編全てが素晴らしかった今回の挿話でしたが、ことここのシーンに関しては観ているだけで震えが止まらず、久美子が泣き出すのと同じくらいから私も堰を切ったように泣いてしまいました。もちろん、力の込もる演者さんの熱演、キャラクターの表情、仕草といったその全てが凄かったわけなんですけど、特に私が素晴らしいと感じたのは一連のシーンのカメラワークと光源、そしてこの渡り廊下に架かっていた屋根の使い方で、この辺りはいかに映像表現においてレイアウトが大切なのかということを如実に物語っていたのではと思います。

f:id:shirooo105:20161208204830j:plainf:id:shirooo105:20161208204936j:plain

 この辺のカットを観てもそうですが、このシーンにおいてはとにかく影と光を強く意識していて、終始顔や身体に影が掛かるレイアウトが使われています。特にあすか先輩が「答えはNO」と言ってからの一連の表情には、彼女たちの心を移したような影がぱっきりと掛けられていくのでとても印象的です。また、この時のあすか先輩から見て右手、校舎側から見て左手に光源(太陽)があるのを意識して、その逆側からカメラで二人を捉えるカットがこのシーンには非常に多いです。そして基本は彼女たちのアイレベルに準拠したようなカットや、俯瞰気味のカットが使われます。煽り気味のカットは少なく、且つ使ったとしても光が入らないようなレイアウトにしているように思えます。

f:id:shirooo105:20161208204854j:plainf:id:shirooo105:20161208215844j:plain

ここも俯瞰と久美子のアイレベル。影がきっちり表情に掛かります。また光源から逆側にカメラを置き意図的に光を遮っているように見えます。

 

おそらくですが、煽りのカットが少ないのは屋根を障壁として、敢えて光を遮るためなのだと思います。つまりここでの屋根の役割は、あすか先輩と久美子、二人の心の陰りを象徴的に描くところにあったのではないかということです。それこそ二人の関係は前話の段階で大分緩和されていたように思えます。しかし、解決するまでには至っておらず、だからこそ彼女たちはまだ陽の光の当たる場所へは行くことが出来ず、いまだ心にわだかまりを抱えたままになっていたのでしょう。自分の想いをちゃんと打ち明けられなかった久美子と、自分の意思をちゃんと示すことが出来なかったあすか。二人に掛かる影の境界はまさにそんな彼女たちの揺らぎを示していたのかも知れません。

f:id:shirooo105:20161208222826j:plainf:id:shirooo105:20161208223021j:plainf:id:shirooo105:20161208223006j:plain

 この辺りもそう。しっかり屋根の位置(心の聲)を意識して影を掛ける。煽りにしても光は遮る。レイアウトに拘る。感情に合わせフィルムを繋げる。青春の惑い。悲鳴。感情。それらをしっかり映してくれるからこそ、この作品は青春の代名詞足る様相を我々に強く刻み込んでくれるのだと思います。

f:id:shirooo105:20161208223607j:plainf:id:shirooo105:20161208225200j:plain

 しかし、あすか先輩が立ち去るカットからカメラワークは一転します。フラッシュバック的に紡がれる映像は久美子がこれまで抱いてきた“想い”を映しながら、決して光を遮ろうとはせず、ありのままの彼女を撮り始めるのです。

 

これまで触れてきた数々の想いと、一番近くで苦しんでいたはずの姉が零した幾つもの言葉。「素直に言えばよかった」「後悔のないように」。きっと久美子は親しい人、憧れの人の傷つく姿や後悔する姿をもう見たくなかったのだと思います。「私が(あすか先輩と)出たいんです」と言ったのもつまりはそういうことでしょう。もちろん、姉の様に自らが傷つく選択はして欲しくなかったのだと思いますし、それはあすか先輩のことを思っての行動でもあったはずです。けれど、姉の言葉を聞いて辛く思ったのはきっと久美子も同じだったはず。寂しさだけじゃない。未来を悲観したわけじゃない。電車に揺られながら、過去の自分たちを想い返し流した涙はきっとそうした彼女のあらゆる感情から溢れ出したものに違いありません。

f:id:shirooo105:20161208230337j:plainf:id:shirooo105:20161208230345j:plain

そこからはもう怒涛のカッティングです。少しずつ屋根から顔を覗かせるようにカメラが動く。感情が解放されていく。光が差し込み、零れだす。もはや彼女を遮るものはなにもありませんでした。あとはただその言葉をぶつけていくだけ。ひたすらに『響け!』と想いを込めぶつかっていくだけ。矢継ぎ早に紡がれたカットの数々も、そんな彼女の必死の抵抗を後押しするためのものだったのではないかと思います。

f:id:shirooo105:20161208231646j:plainf:id:shirooo105:20161208231524j:plainf:id:shirooo105:20161208231331j:plain

そして、そんな久美子の声に応えるようにあすか先輩の表情からも影が消える。光量を多く入れることで、あすか先輩の感情とフィルムの明度がリンクしていく。まただからこそ、カメラが二人の周囲を回り込み、想定線さえも超えることができる。光源の方向にカメラを置き、二人からぐんと位置をとることで、屋根の存在をものともしないレイアウトが生まれる。

 

心の屋根とカメラワーク。そして、画面から溢れる感情の光。これはもう演出の業であり、力だと思います。またそれに負けない黒沢さん、寿さんの素晴らしい熱演と、繊細な光源に対する撮影コントロール。芝居と表情の繊細な作画。その全てが渾然一体となって返ってくる。もう何度観返しても溜息が出てしまいます。

f:id:shirooo105:20161208231241j:plainf:id:shirooo105:20161208234529j:plain

 けれど、そうした感情的のフィルムに反し、あすか先輩の涙は決して見せないのが本話の拘りでもあったのでしょう。なぜなら、ここは彼女のゴールではないからです。全国の舞台。お父さんが待つステージ。全てを清算するのはきっと“その場所で”なのだと思います。また、だからこそ田中あすかは再び“この場所”から次の曲を奏で始めていくのでしょうし、これまでもそうだったように、そうして「最後までいっぱい頑張ってから」なにかを清算しようとする人を本作は決して見捨てないはずです。だからこそ、私も彼女のこれからを精一杯見守っていきたいと思います。最後まで諦めない田中あすかの雄姿を見届けるために。最後は本作恒例の楽器と反射光で締め。まるで輝く二つのユーフォニアムが呼応しているかのようで、なんだか眺めているだけで嬉しくなれるカットだなぁと感じます。*1

 

Aパートの麻美子との話も含め、本当に素晴らしい挿話でした。コンテ演出は山村卓也さん。関わった全ての方含め、素敵なエピソードを本当にありがとうございました。

*1:響け!ユーフォニアム』のモチーフ的な演出として「当事者の想いが確固たるものとなった時、手にしている楽器に光が反射し、輝いて見える」といったものが散見されます。これもその一貫的な演出としてここでは解釈しています。