『エロマンガ先生』8話のフレーム内フレームと演出について

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部屋から出ることが長い間出来なかった紗霧。親族との別れと心の傷が大きな要因であることは間違いないのだと思いますが、おそらく彼女は兄であるマサムネと向き合い、相手の気持ちを知るのが怖かったのだとも思います。自分に芽生えた恋心を受けとめて貰えるのか、同じ想いで居てくれるのか。そんな不安も彼女が足を踏み出せない原因に成り得ていて、だからこそ紗霧は常に扉一枚隔て心に壁を作っていたのでしょう。そしてそれは今回の話でも同様で、例え部屋に入れる仲にまでなっても彼女はまだ薄いベールで相手の本心との間に一線を引いていたのだと思います。それは打ち上がる花火をしっかりと見つめるマサムネとの対比にもなっていて、だから紗霧はカーテンを引けない。直前のカットと比較すれば画面の明度・彩度とも撮影で大幅に落としている(部屋の灯が消える)のもその証左で、それは直接的な描写として、彼女の “外(=相手の心)と向き合うことへの恐怖心” とも捉えられるものであったはずです。

 

それでも彼女は力を込めカーテンを掴み、意を決して自らの意思で幕を明けようとします。そうしないと “語り合った夢” の続きを見られない気がしたからなのか、“自分自身の夢” として語った未来に辿り着けないと思ったからなのかは分かりませんが、きっとその辺りの想いが彼女の背を押したのでしょう。目前に広がっていたのは満開の花火と、響く轟音。けれどその時、彼女は同時に兄の心情・願いといったものの片鱗をも知ってしまった。見ている “花火(=夢)” は一緒でも、見方が違ったのだということを。モチーフ的な視点で見れば画面内に描かれた二枠の窓によっても、それははっきりと描かれていたように思います。

 

二人の間に境界を引くようなシンメトリーのレイアウトと構図。バックショットで二人を並ばせながら、フレーム内フレーム(窓枠)によってそれぞれの視界を分割する強烈なカット。そしてそこへ重なる「やっと分かった、兄さんは家族が欲しいんだ」という紗霧の台詞。一方通行の視点ではなく、同じ場所に立って同じものを見て、同じ景色を共有してしまったからこそ分かった兄の妹に対する想い。美しくも残酷なこのシーンは、そんな意に反したマサムネの回答と紗霧の心情を非常にエモーショナルに描き出していたと思います。

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けれど、そんな儚さも消し飛ぶくらい強く微笑む紗霧の表情は決してネガティブなストーリーを予見させるものではありませんでした。映り込む花火の光に照らされ浮かぶ彼女の表情はそれこそなにかを決意したように “こちら” を振り向き、「ちょっとだけ妹の振りをしてあげる」と語り掛けてくれる。自らのフレーム(=想い)の範疇で相手を見ることをやめ、その枠組みから視線を外すことで紗霧の視点が変化したことを示唆的に描く。だから正面のショットになる。それは向き合うことに繋がっていくはずだから。そして暗い部屋が色づいていく。なぜなら彼女の決心がこれから歩む二人の未来をきっと照らしていくはずだから。

 

自分の感情に固執し、私の気持ちに気づいてもらえないと嘆くだけでは決して前へ進めない。だからこそ「妹になんかなりたくない」なんて言葉の後に続くはずの想いを飲み込み、「でもしょうがないから…」と伝えてみせた彼女の姿はとても美しく芯の強い印象を与えてくれたように思います。紗霧の言葉を後押しするようなカメラワークと、撮影、そしてモチーフの連鎖。彼女の強さと少しの変化を映し出してくれた本当に素晴らしいシーンでした。

 

演出は若林信さん。芝居・表情とそのコントロール、フィルム全体に渡った動きの繊細さなど本当に凄い挿話でした。土手下でのエルフ先生とのシーンなどは特にレイアウトや人物間の距離感、情感の強さが素晴らしくて感動しました。もちろん竹下監督のこだわりも多くあるのだとは思いますし、芝居の感情への寄せ方などはこれまでの話を観てきても作品全体として通底している気はします。

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余談ですが、ここのセル密度がやば過ぎてものすごい興奮してしまいました。他もすごいカットばかりだったんですが、衝撃でした…