『ヤマノススメ サードシーズン』2話の演出について

f:id:shirooo105:20180731215541g:plain*1

特徴的で可愛らしい表情、フォルム、皺のニュアンス、デフォルメ。挙げれば切りがないほどに素敵な作画を見せてくれた本話でしたが、少しアンニュイな空気を抱えた今回の話にとっては、あおいの心情に寄り添った演出がとても良い補助線を引いていて話に引き込まれる大きな要因の一つになっていました。

 

中でも特に良いなと感じたのはカメラワークで、かえでさんに登山靴の購入を薦められるシーンなどでの演出は前述したような心情への寄り添いがとても顕著でした。かえでさんの話に聞き入るようぐっと前へカメラが動いても良さそう*2な場面ですが、このカットでは少しずつ引いていくようにカメラがT.Bしているのが分かります。「登山靴、 やっぱり必要ですかね?」と後ろ向きな声色であおいが聞き返したように、カメラが下がっていくことが、おそらくはあおいの気持ちが “登山靴” から遠ざかっていたことへ同調していたのでしょう。登山が趣味であることと、高額な靴を買うことに距離間を感じてしまうのもまた彼女らしい等身大の悩み。アイレベルも丁度あおいの主観に近いものであったことが、よりそんな彼女とカメラの重なりを演出していたと思います。

f:id:shirooo105:20180731222940p:plainf:id:shirooo105:20180731222949p:plain

直後のレイアウトもエモーショナル。それまでの活気ある会話とは裏腹に静まり返るような孤独感のあるレイアウトがあおいの心模様をそこに映し出してくれていました。ですがそこへ注釈するようにひなたの目線が入る、というのがとても素敵で、そこにはこの作品がこれまでもずっと携えてきた温かく優しい関係性が寡黙に描かれていました。

f:id:shirooo105:20180731225546g:plain

ここでは逆にカメラは動かさずfix。ですが、ひなたとかえでの会話が弾む傍らただあおいを映し続けるということにおそらくは意味があり、動かさないということがここでは彼女の心情を描く (捉える) 上で大切だったのだろうと思います。それはあおいの表情を映すということだけではなく、会話のラリーをカメラが追い掛けず、会話がうわ滑るようカメラを動かさないことでより疎外感を演出していた、ということでもあるのでしょう。

f:id:shirooo105:20180731231547g:plain

その疎外感を一番強く描いていたのがこのカット。ドリーズーム*3で描かれた距離感はより心の遠さを演出し、フォーカスの変化も彼女の心情的な孤独を映し出していました。カメラが引いていくという括りでは冒頭のカットと同様で、ここも彼女の一歩引いてしまう視点とリンクしたカメラワークになっています。あおいの立場で考えれば辛い話ではあるものの、こうした心情に寄ったちょっとした見せ方の変化がそのまま物語や人物へ重なっていくのは本当に素敵です。

 

動きや絵から感傷的なものを滲ませるだけでなく、カメラワークやレイアウトなどからも心情にアプローチをかけてくれるとより一層その作品世界・物語に没入できる感覚がありますし、今回のフィルムを受け “寄り添っている” と思えたのは、やはりこういった見せ方に彼女が抱く想いの滲出を感じられたからに他なりません。

f:id:shirooo105:20180801182911p:plainf:id:shirooo105:20180801183309p:plain

そして冒頭のシーン同様、ここでも次点カットのレイアウトは感傷的です。登山靴を履き感触を確かめるカットでもそうでしたが、少し空間を空けることでそこには言葉にならない、言葉にし難い感情が漂っていくような印象が残ります*4。時折り逆光を強く意識した陰影で表現されるのも同じことです。彼女がなにを考え、なにを想っているのか。その心の在り処を知りたい、考えたいと思わせてくれる画面であることがとても良く、嬉しいのです。

f:id:shirooo105:20180801184957p:plainf:id:shirooo105:20180801182939p:plain

そして、そんなあおいを見つめる、見つめていたと語り掛ける視線を描くことでさらに物語に奥行きがでる。距離感の変化からあおいにだけ当たっていたフォーカスが奥の二人にも送られていく。冒頭でひなたが見せた視線と合わせ、その二か所に視線を置いてくれたからこそ、あおいが靴を買うまでの間ずっと二人が見守ってくれていたんだと思うことすら出来るのは演出の賜物であり、本当に素敵なことです。

 

もちろん「さっきまでお金勿体ない、って顔してたくせに」とひなたがあおいを茶化したことも「ああ、ずっと見ていたんだな」と思える要因の一つではあったわけですが、きっとそれは “見ていた” ということを言葉にしただけに過ぎなかったのだとも思います。なぜなら、言外として語られた視線とそれを切り取っていく映像はその台詞より前に描かれ、時折り彼女たちの想いをそこに映し出してくれていたのですから。

f:id:shirooo105:20180801201141g:plainf:id:shirooo105:20180801201224g:plain

他にも今回の話ではつけPAN、PANアップなどカメラが動くカットが多く見られました。もちろんその全てに意図や心情とのリンクがあったとは思いません。間を持たせるため、景観を見せるためなど色々な理由があるのだとは思います。ですが、その中で時折り心情に重ね合わせたような動きをカメラが見せることはやはりあって、それが今回の話をより感情豊かにしてくれていたのは間違いないはずです。

 

基本的にあおいのモノローグで物語が繋がっていく作品ではありますが、彼女もその心の内をすべて語ってくれるわけではありません。だからこそカメラが動く、表情を切り取るというのはそんな彼女の心を捉える上でとても大切なことなのだと思います。あおいが登山靴の大切さを理解していく過程を映してきたカメラが最後は富士山へ寄っていく、というのもとてもロマンがあり、力強い光景。今話はそんなカメラワークの良さが物語の積み重なりと心情の変化に重なっていた素晴らしい挿話でした。

 

演出を担当されたのはちなさん。コンテから処理まで担当されたのはおそらく二作目で、一作目の演出回『ろんぐらいだぁす!』3話もとても素敵な話だったのをよく覚えています。改めて観直すと今回ほどカメラは動いていませんでしたが、心情を描くレイアウトや間、芝居、カメラワークは非常にエモーショナルで今回の話にも通じる部分がありました。アニメーターとして素晴らしい方ではありますが、ちなさんが担当される演出回ももっと観たいなと改めて思えましたし、氏が参加される作品は今後も見逃さず追い掛けていきたいなとも思います。ともあれ、本当に素敵な挿話をありがとうございました。

*1:サムネイル画像

f:id:shirooo105:20180801204527p:plain

*2:直前に富士山へのリベンジに向け気合を入れるあおいを映していたことから

*3:背景をT.B/T.Uしながら被写体をズームアウト/インすることにより生じる映像・実写技法。アニメ的に言えばあおい意外の人物と背景からのみT.Bしつつあおいのレイヤーは動かさないことで成立していると思われます。アニメ的に言うのであれば密着マルチとT.B?

*4:右カットの際はここでも引いていくカメラワークがつけられ、より空間を空ける見せ方が使われています