『エロマンガ先生』OVA1話の芝居と演出について

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おそらくはTV版9話以来となった山田エルフ主役の回。普段の高飛車な振舞とは違い、本心に触れられてしまうとどうしようもなく戸惑ってしまう彼女の心情が丁寧に描かれていて非常に胸に迫るものがありました。特にAパートは本心をぶつけられないエルフの寡黙な心の声を、うまく芝居や彼女独特の間合いで描いていたのが印象的で、マサムネから花束を受け取るまでの間や、その際の表情で “彼女らしさ” というものを克明に描いてくれていたのがとても素適でした。

 

母親との喧嘩の際に差込まれた “花束を飾るグラス反射” のカットなども同様で、エルフ自身の口からはなかなか真っ直ぐに伝えられない (言葉では語り切れない) 想いを、グッと圧縮し、そこに映し出していました。なにより、そういったモチーフや芝居にこそ心情を込めていく演出の方向性が今回のフィルムに漂う質感を支えていたことはまず間違いないはずです。

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その中でも特に印象に残ったのがこのカットでした。喧嘩した母親とのことや、それを想い人に打ち明けている状況、口に出来ないもどかしさが、きっとふとした拍子に自然と行動に出てしまったのでしょう。本当に些細でどちらかと言えばフェティッシュ寄りな芝居ではありますが、エルフの性格を鑑みればむしろこういった芝居こそが彼女にとっては雄弁な “言葉” そのものだったのだと思います。なにより、そう思える芝居・カットの積み重ねが山田エルフという少女の輪郭を少しずつ描き出していたことに、私はどうしようもなく喜びを感じてしまったのです。

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それは、こういった芝居一つとっても同じことです。これは冒頭でも触れた9話におけるプロポーズシーンの一部ですが、声を震わせながら虚勢を張る彼女のその理由をどの言葉より先に描き出していたのがこの芝居でした。掴まれたスカートに出来た皺。甲の影面積変化から伝わる力の度合い。真っ直ぐに、とはいかないものの、エルフが抱く想いの片鱗を意を決して伝えようとしたその心情が痛いほどに伝わってくるカットです。

 

正直、こういった芝居を描くことは簡単なことではありません。細部の微細な動きで心情を描くということは作画的にとても労力を必要とするものだからです。前述した足先の芝居、冒頭の柔らかな表情変化も含め、そういった面も踏まえれば高度で繊細な芝居というのは必ず描かれなくてはいけないものではないでしょう。ですが、こういった芝居・表情が在るからこそ伝わる登場人物たちの想いというものも間違いなくあるはずなのです。言葉だけでは伝わらない想いの大きさ。言葉に出来ない心の不器用さ。それを鮮烈に描くものの一つが “作画” であり、“芝居” であり、“絵の強さ” なのだろうと思います。

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もちろん、それは動きに関したことだけではありません。視線とそれを感じさせてくれるレイアウト。また誰かが誰かを観ていると感じさせてくれるカットの運び、たった一つのカットの繋ぎをとっても同じことなのです。特段、ここもエルフがマサムネに対しなにかを告げるというシーンではありませんが、彼女の表情とその視線、そして疑似主観的に映されるマサムネの横顔を見てしまえば、そこにはどうしようもなくエルフが彼に惹かれてしまう理由が横たわっているのだと気づかされてしまうわけです。言葉で語らなければいけないことがある反面、言葉では語り切れないものがあるからこそ、映像で伝える。それを終始描き切っていたことがこの挿話の素晴らしさに強く結びつき、フィルムに多大な情感を与えていたように感じます。

 

ですが、そんなエルフの寡黙さとは裏腹に今回の話ではミュージカルというある種、これまで触れてきた見せ方とは真逆の表現方法が使われます。想いを出来るだけ言葉に変え、オーバーな動きで高らかに感情を演出する舞台劇。それはTVシリーズでも存分に描かれてきた山田エルフの身体性あってのものであり、彼女だからこそ出来た想いの伝え方でもあったのでしょう。一貫して ”真っ直ぐ伝える” ことに踏み込めなかった少女がミュージカルという舞台を借り、その身体性を活かした物語。なにより、それまでは彼女の言葉の代弁者足り得た “芝居” が、今度は言葉の後ろ盾となるべくその力強さを画面一杯に表現するのだから、本当にアニメーションって面白いですよね。

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中でも一番感動したのがこのカット。エルフの「諦めない」という言葉に呼応し影からグッと抜け出る表情の晴れやかさと、動きのメリハリ、タイミングの巧さ、そして髪のなびき。想いをうまく口に出来ず些細なジェスチャーでしかそれを表に出せなかった少女の気持ちと動きが同期し、重なった瞬間です。他のミュージカルパートも凄く良かったのですが、特にここは物語と言葉、そして芝居が強烈に噛み合い描かれていたのもあり、より胸にグッとくるものがありましたし、そのせいか少しだけ泣いてしまいました。

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ですが、もちろんミュージカルはあくまで一過性の舞台。ステージを降りれば、いつもの寡黙なエルフに戻ってしまうというのを階段の上り下りで見せていたのが非常に巧い反面、辛くもありました。「会場の全員がこの私に夢中になったに違いないわ」といつもの調子を取り戻したかと思えば、マサムネを意識した言葉には詰まってしまうのがまた彼女らしくもあり、その際の表情も前段で触れたような言葉に出来ない想いを含ませたニュアンスのもの。このミュージカルパートとの落差が非常にエルフらしく、良い意味で深い溜息をつかざるを得ませんでした。

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ですが、ミュージカルはファンタジーの世界で起きたものでもなく、彼女自身が行動に移し、演じ切ってみせたもの。そしてあのステージの上で語った言葉の数々もまた正真正銘、エルフの正直な気持ちであったはずです。だからこそ、あの舞台に立ったことは彼女にとって一つ変化への切っ掛けにもなっていたのでしょう。それを証明するように繰り返し映される踏み出す足のローアングルは、この挿話が山田エルフの成長物語であったことを裏づけるカットとしての意味をしっかりと携えていたはずです。

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そして、“あの日から” 少しだけ縮まった二人の距離。振り向くエルフの笑顔と共に咲き乱れる光のイルミネーションは、もはやあの日の再演を演出した舞台装置であり、この日、この瞬間に「ちょっとだけ素直になれたと思う」と語ってみせた少女への祝福でもあったのでしょう。あなたにプロポーズさせるなんてもう言わない。私があなたをーー。暗にそう伝えるエルフの告白がマサムネを笑顔にさせたのだから、“今” 出来る最高の幕引きをエルフは引き出せたように思います。

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そして、マサムネが笑ってくれたからエルフも満面の笑みを浮かべられる。恋が実ったわけではないけれど、それでも笑顔で終えられたことにこの物語の意味は多く託されていたはずです。物語としてもコンテワークとしても本当に素晴らしいラストシーンでした。最後の一歩は竹下監督曰く「縮まった心の距離」。これから二人がどういった物語を辿っていくのか、本当に楽しみで仕方がありません。先々の展開も気になりますが、一先ずはこの素晴らしいOVAに携われた方々に感謝を。年始からとても素敵なもの見せて頂きました。本当にありがとうございました。