青空の似合う貴方へ――『22/7』7話の演出について

f:id:shirooo105:20200228032926p:plainf:id:shirooo105:20200228033159g:plain

これまでの話とは違い、フィルムの質感が一変したのはジュンが建物の裏手に入ったシーンからでした。影中にスッと入っていく彼女の姿と、それを暗喩的に捉えるレイアウトはまだ見ぬ彼女の心根にそっと触れるような感触を与えてくれました。しかし、彼女はいつも通りの表情を再度見せ、影中から陽の当たる場所へと走り出していきます。オーバーラップしていく空の青さへの重なりと、駆け出す少女の後姿を映すことへの深い意図。それはこれから描かれていく彼女の半生が、いかにして今へ至ったのかを指し示す伏線にも成り得ていたのだと思います。

f:id:shirooo105:20200228033359p:plainf:id:shirooo105:20200228033426p:plain

それはまだジュンが幼少だった頃。生まれつきの持病を患い友達なんていなかったと語るその姿を捉えた映像は、余りに克明に彼女の孤独を映し出していました。回想シーン冒頭におけるジュンと空の青さの乖離は、それだけで胸を突き刺すようビジュアライズされており、ほぼ全影で塗りつぶされた彼女の存在はまるで世界から否定されているようにも映りました。コントラストの高さがより彼女と外界との境界を際出せていたのも合わさり、この話では "そういう” ライティングの使い方をしてくるのかとこの時、強く思わされたのをはっきりと覚えています。

f:id:shirooo105:20200229183046p:plainf:id:shirooo105:20200229183017p:plain

こういったシーン・カットでもそれは同様でした。戸を閉め、差し込んでいた光が遮られると残されたジュンはまたも孤独に苛まれていきます。コントラストの高い夏の季節感と屋内、演出意図のマッチング。零れる明かりは決して彼女までは届かず、その足元から徐々に心を締めつけていくようでした。ブラックアウトのトランジションやポツンと彼女を映していくレイアウトもおそらくは同じ意味合い。どこまでも戸田ジュンという一人の少女の仄暗い心模様を映像全体を通して伝えようとする見せ方です。

f:id:shirooo105:20200229183656p:plainf:id:shirooo105:20200229183710p:plainf:id:shirooo105:20200229183720p:plain

外へ出れば世界の広大さに比べ彼女の小ささが際立つショットの数々。雲一つないのが余計に不安感を際立たせる上、それなのにカメラが寄れば影がかかる。映像としての美しさとは反比例してジュンの心情が重くのしかかってくるのだから、これほどまでに辛く、観ている側の表情が険しくなってしまうこともそう多くはありません。

その後、自室で咳き込み続けるシーンも同じです。彼女が置かれた現状に寄せる徹底したライティング。室内であるならば光は出来るだけあてない。なぜなら、彼女の心に光が差す出来事はまだなに一つ起きてはいないから。回想シーンに入ってからまだ間もない時間ではありますが、そうした一貫した演出、見せ方の積み重ねが異常なまでの没入感を与えてくれていたのはもはや言うまでもないのでしょう。彼女の言葉に、心に耳を傾けたくなる映像の妙。それは深く色づいた青空の様に、見つめれば見つめる程その先になにかがあるのではと思えてしまうこととよく似ていたように思います。

f:id:shirooo105:20200229185952p:plainf:id:shirooo105:20200229185419p:plainf:id:shirooo105:20200229185428p:plain

そんなジュンの物語に変化が訪れたのは再度入院となったことが分かるシーンからでした。入退院を繰り返していた彼女にとっては、見慣れた場所だったのでしょう。冒頭がわりとフラットな画面だったのはそういったこれまでの経験があったり、周囲との人間関係がない閉じた世界だったからなのかなと感じました。ですが新たに大部屋へ入院してきた少女・悠の言葉に再度、映像のアプローチは変化していきます。自身が「可愛くない」と言ったベッドを「可愛い」と言う少女との出会い。その価値観の断絶に影中描写が入るのはこれまでと同じ意味合いでの演出であったはずです。

f:id:shirooo105:20200229192207g:plain

しかし、それでも悠は踏み込んでくるのです。動こうとしない、むしろ視線を逸らそうとするジュンに対し、必ず動き始めを見せるのがジュンであったことはきっと脚本や絵コンテレベルでコントロールされていることなのだと思います。ジュンの居る場所にフレームインしてくる、というのはつまりジュンの心に悠が足を踏み入れようとするということでもあり、それは視覚的にも物語的にも今話のフィルムにとって大きな分岐点になっていたはずです。

f:id:shirooo105:20200229193125g:plain

その最たる描写がこのシーンです。かくれんぼが始まりどうすればいいか分からないジュンの手をフレームインしてきた悠が引っ張る。それと同時にカメラも流れ、背中越しの悠の姿が非常に動的なフォルムで作画され、ジュンも同じくこれまでにない激しい動きで髪の靡きや皺の変化が描かれる。それはひとえに、悠の行動によって凪いでいた彼女の心に波風が立つことと同じ輪郭をもって語ることが出来る見せ方だったはずなのです。それは時として、背景動画が物語の動きだしにリンクし描かれるのと同じ様に。一本のフィルムの中でそれまで描かれてこなかったような描写が差し込まれることで、登場人物たちの心情の変化の兆しというものは大きく浮き彫りになっていくのです。

f:id:shirooo105:20200229195849p:plainf:id:shirooo105:20200229195922p:plainf:id:shirooo105:20200229195946p:plain

もちろん、それでも晴れないものはあったのでしょう。これまの人生をかけ積み重ねてきた鬱々とした気持ちが一瞬で吹き飛ぶわけもなく、病気のことだっていつどうなるかは分からないし、先は見えない。だからこそやはり、執拗に影をかける。これはもう今話の一貫したテーマでもあり、きっと抜け出し切れはしないものとして割り切り描かれていたのだと思います。連れ立ってくれた悠との位置関係、背反。切り返しのカットでは近い位置で描かれるも、やはりジュンが目を逸らしてしまったり。それは病室のベッドを「可愛くない」と見てしまう隔たりと同じく、やはりそこまで彼女は色々なものを前向きに見ることが出来なかったのでしょう。

 

けれど、「人生は遊園地だと思う」という悠の一言で、きっとジュンの視界は大きく広がったのだと思います。「これが私の運命だ」と割り切っていた彼女の思考に新しく添えられた見方、アプローチ。悠の行動によって "陽の当たるきわ" にその身を置きかけていた彼女にとっては、もしかすればその一言でもう十分だったのかも知れません。

f:id:shirooo105:20200229201551g:plainf:id:shirooo105:20200229202230p:plain

屋上から不意に落ちてしまうジュン。その先はきっと新しい世界への入り口に繋がっていて、そこへ吸い込まれていく彼女をまるで祝福するように陽の光が包み込むような印象がこのカットにはありました。順光のカットはこれまでも幾つかありましたが、そのどれとも違う風合いを感じる画。そして我々が初めて見る彼女の笑顔と、笑い声。

 

そこからはもう、余りの幸せな空間の連続に身を寄せる以外、私には選択肢が残されてはいませんでした。「未来はそんな悪くないよーー」と歌いあげる挿入歌に乗せ紡がれていく日々。レイアウトや芝居の範疇では未だ悠が率先してジュンに歩み寄る描写が続きますが、一方でジュンの変化もしっかりと捉えられていく。そんな関係性のすべてが幸せに満ち溢れていく中で回想シーンは一旦の幕を下ろしました。

f:id:shirooo105:20200229205146g:plainf:id:shirooo105:20200229204938p:plainf:id:shirooo105:20200229205004p:plain

幾度目かの回想シーン。続けて描かれたのはモチーフに継ぐモチーフ、前回の回想シーンとは打って変わり、暗く余りにも辛いシーンの連続でした。雨や誘導灯など感情表現としてのイメージショットや、悲嘆の只中に居る彼女を導くように描く道中の演出は少しばかり作為的にも感じてしまいますが、あの状況下で少しでも彼女の感情を汲み、その足を立ち止まらせないためにはもしかすれば必要なことだったのかも知れません。

f:id:shirooo105:20200229210522p:plainf:id:shirooo105:20200229210532p:plain

そして本話では二度目の大きな揺らぎ*1が描かれます。激しい靡き、深く刻まれる皺、寄る瀬のない感情。逆光のカットではあるものの、沈む夕陽が痛く何度も刺さるのはそんな彼女の内面に寄せた見せ方だったのだろうと思います。ここは彼女が新しい世界を与えてくれた場所だから。彼女が私に与えてくれたものは余りにも大きかったから。だからこそ、言葉にならないほどにたくさんの想いが零れ出す。叫びとなって。涙となって。「私がーー」なんて言葉が出てしまう程に。けれどそれも、この時の彼女にとっては本心だったのだと思います。そういった幾重にも折り重なった感情をすべて吐き出させてくれる夕景が、このシーンではただ一つの救いであったように映りました。

f:id:shirooo105:20200229212819p:plainf:id:shirooo105:20200229212827p:plain

そして皮肉にもこの出来事を機にジュンの持病が直ります。けれど、冒頭の回想シーン同様、こちら側と向こう側が "青さと影中” で分断されたのは、彼女自身がその結果を前向きな感情だけで受け止め切れなかったからなのでしょう。しかし、悠が広げてくれた向こうの世界への入り口を観てジュンが涙を流すのもやはり "その世界の美しさを知ってしまっていたから” に他ならないのです。引かれる後ろ髪と、差し込む光。その狭間にて彼女が出した答えは自らその一歩を踏み出すという、ただ一つ悠に向け贈られた応えでもあったのだと思います。

 

道中で挟まれた踏切のカットはまさしくそうした岐路のモチーフであったはずですし、だからこそ今度は一歩一歩、踏み締め続けるジュンの姿が変化のリフレインとして描かれるのです。

f:id:shirooo105:20200229214221p:plainf:id:shirooo105:20200229214228p:plain

あの日見上げるだけだった飛行機雲に届くように。そして彼女が見せてくれた美しい世界に飛び込んでいくように。青一面の空に向かい走り続けるバックショットはあらゆる意味を含み、もはや美しいとしか形容できない本話最高のカットにさえなっていたと思います。それこそ、冒頭に感じた深い青さへの不安感や、その中を駆けるジュンの小ささなどもはや掻き消えるほど、その姿はどこまでも一面の青空が似合うものになっていたはずです。

f:id:shirooo105:20200229214746p:plainf:id:shirooo105:20200229214753p:plain

もちろん、彼女だってすべてを乗り越えたわけではないはずです。今回幾度となく描かれたその仕事風景も、快活な姿も本当ではあるけれど、それでも胸に秘めているものはきっとずっとある。エレベーターを開けた途端、その眼に飛び込んできた ”彼女たち” に想いを馳せたように。「本当にありがとう、大変だったでしょう」と言われ、色々な感情が逡巡したように。無事でよかったという気持ちと、この世界に、この想いに気づかせてくれて「ありがとう」という気持ちと。

 

それは冒頭の青空へのオーバーラップショットにもきっと繋がっていて、だからこそ彼女はある日の影を背負いつつも、またその一歩を青空へと向け踏み出していくのでしょう。読まれることのなかったあの手紙に綴られた、「これからは悠ちゃんを見習って、楽しく生きていこうと思う」というあの一文に決して背かないように。「ありがとう」という言葉を嘘にしてしまわないために。

 

そんな、少しは嘯いてしまうジュンの感情を寡黙に伝えてくれるラストシーンがとても素晴らしかったですし、この話を通し、戸田ジュンという一人の女の子のことを心から好きだと思えたことが本当に嬉しかったです。物語としても、それを支える演出としても最高の挿話に、今は感謝の気持ちで一杯です。これからの彼女の人生に、良き世界の祝福があることを願って。本当にありがとうございました。

アニメ 22/7 Vol.1(完全生産限定版) [Blu-ray]
 

*1:それは作画的にも

『電脳天使ジブリール』OPについて

空中幼彩さん、渡辺明夫さん、URAさん、そしてUさんの歌声。彼らが織りなす化学反応と言えばもはや振り返るほどに懐かしい約10年前の映像が思い出されます。それが『魔界天使ジブリ―ル4』OP。女の子らしいまるっとしたデザインと、可愛いらしく大胆な動き、それを巧みな演出と編集により彩ったあのショートムービーは余りにも鮮烈で、今でも鮮明に思い出せるほど大好きなオープニングです。それこそ『CARNIVAL』や『はるのあしおと』、『efシリーズ』、『明日の君と逢うために』など自身にとって特別な美少女ゲーム内のアニメーションムービーは幾つかありますが、当該作品もまたその例に漏れずとてつもない衝撃を私に与えてくれました。

*1

そんなオープニングと同じ座組によって制作された同ジブリールシリーズのムービーが投下されたのが、つい先日のことでした。冒頭からカットインされる「NO SIGNAL」の文字とその勢いのまま繋がっていくベクトルを意識したトランジション。次から次へと畳み掛けるようシームレスに場面転換されるカットに、スクロールからフレームインする柔らかく可愛らしい見覚えのある歩き芝居。もはやこの時点でスマホを持つ私の手は震えていました。タイトルバックのカットではついぞ泣き出しそうになってしまうくらい、それほどまでに今この映像が観れることへの喜びは大きかったのです。

f:id:shirooo105:20200227000647p:plainf:id:shirooo105:20200227000652p:plain

まるで「これを待っていたんだろ?」と言わんばかりのセルフオマージュ。キューブが変化し6の文字を形成するまでの高揚感は筆舌に尽くせず、文字配置、煽りのアングル、色味含めそのすべてが懐かしく、本シリーズの象徴的なシルエットを象っていました。*2

 

前景と後景を駆使した画面の奥行きの表現や、楽曲に対する理解度の高い歌詞・音ハメの数々。カットを割り切ってしまうのではなく、しいて言うのならば "跨ぐ" ことでまるでワンカットの様に見せていることも没入感の一因になっているのでしょう。他にも色々と語り口はあるのだと思いますが、言葉だけでその良さを表現するには限界があると言いたくなる程に、映像の楽しさ、豊かさを表現してくれる縦横無尽の映像表現はまさしく唯一無二のURAマジックです。もちろん、渡辺明夫さんが描かれたアニメーションの素晴らしさや絵コンテ段階におけるアイディアが下地にはきちんとあるはずですが、URAさんの編集センスがあって完成する映像であることは『いただきじゃんがりあんR』や初めてのアニメ参加となった『<物語>シリーズ セカンドシーズン』*3での仕事を観れば納得できるのではないかと思います。

 

URAさんは現在『バイブリーアニメーションスタジオ』に所属*4しているようですが、またこうして古巣の作品でもその手腕が見れたことは本当に嬉しい限り。氏のディレクションムービーに魅了されている一人のファンとして、これからも色々な作品でその姿を見れれば良いなと思っています。そしてなにより、新しいジブリールシリーズの門出に祝福を。このオープニングが観れて本当に幸せでした。

 

参考記事:

*1:サムネ参考画像:

f:id:shirooo105:20200227010714p:plain

*2:ジブリ―ルシリーズ5に当る『戦国天使ジブリ―ル』も同様のタイトルバックを使っている

*3:猫物語(黒)、猫物語(白)両オープニングディレクターを担当

*4:同社制作の『アズールレーン』や『グリザイアの果実』などに参加

『恋する小惑星』のEDについて

f:id:shirooo105:20200119102101p:plainf:id:shirooo105:20200119102143p:plain

感傷が染みわたるような映像と楽曲。物想いに耽る少女たちの表情を一枚一枚切り取り、じっくりと見せていく構成には情感がたっぷりと乗っていました。1話を観てもみらとあおの関係性が物語の軸になっているのは間違いないのだと思いますが、その物語の中で出会うことになるそれぞれの少女たちの物語までも微かに匂わせてくれていたのがとても良いなと感じます。そして、多くのカットが “少女がなにかを見つめる” ことへフォーカスを当てたものであったことはきっと意図的で、そこには本作にとってとても切実な意味があったのだと思います。

f:id:shirooo105:20200119103510p:plainf:id:shirooo105:20200119103538p:plain

それはこういったカットでも同様でした。ストラップをつつき、見つめるあお。暗がりの部屋の中で屈むその姿は、それこそ作中でも描かれたように奥手になってしまった彼女の心模様を写し込んでいるようでした。しかし、その光景とは対照的なあおの優しい視線、月灯りが差し込むことで生まれるビジュアルの質感変化はこのカットにおいてなによりも肝要だったはずです。

 

なぜなら、あおにとってくじらのストラップは懐かしくも輝く想い出の象徴であり、彼女を引き上げてくれた “みら” その人を映し出すモチーフであったからです。だからこそ、それを見つめる表情が和らぐ、和らぐからこそ暗がりに光が差すという情報の重なりがぐんとフィルムを物語的にしてくれるのです。それこそ、ベランダから注ぐ月灯りを映したあとに、ベランダに佇むみらを描くというのは前述したことに輪をかけ物語的です。実際にはみらがあおの側に居る訳ではなく、カメラワーク的にも地続きではありませんが、揺らめくカーテンの動きを軸にしマッチカット的に描くからこそ二人の関係がとても地続きに移るという、これはまさに演出のマジックです。

 

二人が再開することで物語がまた動き出すように、どこまでも二人の想いは繋がっていることを示すコンテワーク。だからこそ、みらが星を遠望するカットの強みは一層増し、そのカットが彼女一人の想いを描いただけのものではなく、二人の関係性を描いたものとしても映っていくのです。

f:id:shirooo105:20200119104853p:plainf:id:shirooo105:20200119104901p:plain

そして、そういった夜空を見上げる描写は前述した “見つめること” に込められた切実さへと繋がっていきます。みらとあおだけではなく、皆がなにかを見つめ想いを馳せる。例え同じ空であってもそこには色々な空の表情があり、多くの星が輝くように見つめる先に浮かぶ想いというのは決して一つではない。そういったことを端的に描いていたのがおそらくは序盤のカット群であり、空を見上げたこの定点カットでもあったのでしょう。広く撮られた一面の空、満天の星。そこには、それぞれの視線の先にそれぞれの想いがあることを描き示すような質感がありました。

f:id:shirooo105:20200119105121p:plainf:id:shirooo105:20200119105108p:plain

また “見つめる” というテーマ性においてはこういったカットも素敵でした。相手を見つめる視線をより力強く描くため、相手が居る方を大きめに空けるレイアウト。特段、珍しいレイアウトではないのだとは思いますが、ここぞというシーンで使われるこういった趣きのあるカットは非常に感傷的に映ります。シネスコサイズであることが横への意識をさらに駆り立ててくれている面もありますが、なによりこのエンディングが視線に重きをおいたフィルムであったからこそ、前述してきたような情感の積み重ねがこのカットにも多く乗っていたのでしょう。二人の表情の良さはもちろんですが、それを切り取るフレーミングの大切さを感じずにはいられないカットです。

f:id:shirooo105:20200119105216g:plain

そして終盤。最後のバックショットとそのカメラワークには、なにより感動させられました。みらに手を引かれあおが立ち上がるという状況を描いたカットですが、あおが立ち上がり切る前にカメラはPANアップを始め、二人をフレームの外へと置き去りにしてしまいます。カット的に考えても二人の芝居は立ち上がるところまでしっかりと作画されているはずで、その姿をFIXで映し続けても演出としては映えていたはずです。しかし、そうはせずに敢えて二人をフレームから外す選択をしたことにはやはり相応の意図があるからだと思うのです。

 

その内の一つに、このカットが映される際に「一人じゃないから歩き出せる」という歌詞が歌われており、そのフレーズが彼女たちの心情描写に対する担保になっていたから、というものが挙げられます。エンディングというある種、MV的な要素があるからこそ出来る歌詞との親和性を高めた演出。「二人の関係を歌っているのだから映像としては(立ち上がり切るところまで)描かなくても大丈夫だ」という芯の強い見せ方です。くわえて、前段で挙げた二人のアップショットなどがこのカットの前に映されていたのも大きいはずです。見つめ合い、表情を綻ばせる二人を描いていたのもそうですし、手と手が取り合う瞬間をしっかりと映していたのも同じことです。二人の関係を色濃く描いたカットが既にあるからこそ、敢えて立ち並ぶ二人は映さないという映像の構成。そういったカッティングの組み立て、引き算の演出が「一人じゃない」ことをさらに盛り立て意識させてくれた結果、より伝わってくるものというのはやはりあるのだと思います。

 

そしてその代わり*1に夜空を映す。それが本当に、とても良いのです。なぜなら、ここで映される満天の星空は二人が過去に交わした「新しい小惑星を見つける」という約束の象徴でもあるからです。それをあおが立ち上がり、二人が並び切る前に映し始めていくというのは、暗に並び立つ彼女たちを見ずともその関係性はこの星空が強く繋ぎとめてくれていることを意味します。二人にとっての起点であり、まだ見ぬ夢が待ち構える星空。それはきっと二人の関係を描く上でなにより雄弁であり、普遍なものなのです。そういったことを包括したラストカットとPAN演出*2が本当に素敵で、感動させられました。実際ここまで書いてきたような意図がどこまで込められていたのかは分かりませんが、そんな感傷に浸らせてもらえたからこそ、この作品をより好きになれたことは間違いありません。

f:id:shirooo105:20200119105554g:plain

思い返せば1話のラストシーンもエンディングに近い演出をしていました。オーバーラップで二人の視線を重ね、違う場所に居るはずの二人が同じ場所に居て、同じものを見つめているように描かれる。バックショットではなくT.Uでフレーム一面になるまで夜空にカメラを寄せるのも同様です。どこまでも星空に焦がれ、見つめることに意味を置く演出。それはきっとこの作品が携えている大きなテーマの一つなのでしょう。そういったことを頭の片隅に起きつつ、これからも彼女たちの物語に身を寄せていければいいなと思います。

f:id:shirooo105:20200119105005g:plain

また余談ではありますが、エンディングで描かれたここの芝居が本当に素晴らしかったです。柔らかい手の芝居とひらいた指先を残すタイミング、その軌道がフレーム外で繋ぐ手の動きを豊かに想像させてくれるようでグッと胸を掴まれます。少しして繋ぎ終えた手がまたフレーム内に戻ってくるのも、そういったイメージに拍車をかけてくれていて素敵でした。感傷を誘うフィルムの構成、そこに付与される物語性だけでなく、こういった細部に至るまでがとても素晴らしいエンディングだったと思います。

恋する小惑星 Vol.1 [Blu-ray]

恋する小惑星 Vol.1 [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA アニメーション
  • 発売日: 2020/03/25
  • メディア: Blu-ray
 

*1:立ち上がり、並び立つ二人を映し切る代わり

*2:PANの速度感も絶妙で凄く良い