『ヤマノススメ』5話の素晴らしさを語る

「ひなたと一緒に居ると碌なことがない」。そんな一期1話のエピソードを思い出すようなアバンのやり取りから始まった今回の話でしたが、そんな微笑ましい会話も束の間、ちょっとしたことから二人の仲がこじれてしまうことは往々にしてあるもので、この挿話もそんな例に漏れず、ひなたのおてんばさから少しばかり二人の関係にも陰りが差してしまったようでした。

私自身、こういうエピソードを観ていると自然と胸が痛くなるんですが、ただなんでわざわざそんな話を描くのかと言えば、それはやっぱりそういったエピソードをもって振り返ることのできる部分が必ずどこかにあるはずだからだと思うんです。失って初めて気づくもの、なんていうと少し大袈裟になってしまうのかも知れませんが、そうやって一度距離を置くことで気づける“近くにあって当たり前だったもの”の温かさとか、大切さみたいな、そういう話ってやっぱりあるんじゃないかって。


それこそ、この作品って基本的にはあおいのモノローグで物語のおおよそが構築されていたわけで、その画面の多くは彼女というフィルターを通して描かれていたはずです。でもそれが編み物の事件の前後からひなたの視点へと切り替わり、それから物語は彼女の心情を中心に構築されていきました。彼女の視線があおいの姿を追う様子。その主観の提示。それって確かに今までの『ヤマノススメ』にはなかった新しい視点だったと思うのです。

加えて、あおいに怒られ一人寂しく帰路につくひなたを映したこのフルショット。それが一期1話のあの場面に呼応しているのだから、余計に色々考えてしまうんです。あの日、ひなたがあおいの手を引きながら「山登りをしよう」と歩いたその道を、こういう状況下でもう一度同じアングルで映すことの意味。そして感じてしまうのは「ああ、やっぱりこの道を踏みしめる脚は一人分じゃ足りないんだ」なんていう寂寥感で。


物語をひなたの視点で綴り、そんな彼女を引いたところから一人映し撮る『ヤマノススメ』の新境地。二人で歩んだ一歩目のカットをもとにして描かれたワンショット。そんな絵を目の当たりにして自然と抱いてしまうのは、やっぱり『ヤマノススメ』って“出会い”の物語でもあるんだ、なんていう感慨深さに他ならないんです。

そしてそんな想いを裏付けてくれるかのように切り替わる物語の視点。ひなたからあおいへ。それも彼女だって“あなた”のことを考えてなかったわけでは決してないんだと知らしめるための視点反転の二部構成。むしろ、序盤に触れたこの二人に喧嘩をさせた理由だって、きっとおそらく。そんな二人でなければ成立しない物語のパート分けを実現させるためのものだったのではないかと思うのです。互いがお互いを見つめる視線、その有り様を今一度、一から描くための挿話だったんじゃないかって。それこそ向き合い笑い合う二人を前にすれば、そういった考えもやがては確信に変わる。ああ、本当にこの二人は特別なんだって。そう感じられる温もりが挿話にはしっかりと込められていたように思います。


そしてラストはアバンのリフレインで締め。そこに託された想いはきっと“変わらない二人”なんていう、この挿話に対する反語でもあったのでしょう。擦れ違うことだってあるし、性格だってもちろん違う。たまには喧嘩だってするけれど、それでもあの日観た景色を二人で共有し「山へ登ろう」と決意を胸に秘めたように、二人の視線はきっとどこかで重なり合うのだと。それはここまで二人が築き上げてきた物語に対する大きな肯定に他ならなかったはずです。

また不意に映されたペンケースに目線を映せば、その模様は一期のED『スタッカート・デイズ』と共に描かれたあの織模様を連想させてくれます。ひなた手織りのコースターを“今の二人の集大成”のモチーフとするならば、あのペンケースは“これまでの二人の集大成”なのかも知れません。


彼女たちにとってはここがまた新たな始まりの日であり、もっと大きな括りで言えば『ヤマノススメ』という作品の折り返し地点でもあるのだと思います。枠の拡大、2クールへの延長と、実際はどのように作風が変わるのかということに関しては色々と思うところもあったわけですが、それも今となっては全くの杞憂だったように思います。それこそ、私の大好きな『ヤマノススメ』はその風貌の秀麗さを一つも変えることなく、今も尚、高くこの場所に在り続けてくれていました。今までとは少し違う視点の置き方と、それでも変わらない二人の視線。動かざること山の如し。ほんとこの作品の魅力は底知れないなと思います。大好きです。

ヤマノススメ 新特装版 [Blu-ray]

ヤマノススメ 新特装版 [Blu-ray]