『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』1話の手の芝居と演出について

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輪郭線や反射光・影の多さなど、これまでの京都アニメーション作品を振り返っても特筆して線量の多いデザインと言っても過言ではない今作ですが、その中でも特に印象に残ったのは手の芝居に関してでした。それも感情や想いがその手を動かしているよう感じられたものが多く、例えば冒頭でヴァイオレットが自問自答するシーンに合わせ描かれた芝居はそういった感情の表出がとても顕著だったと思います。

 

ぎゅっと胸元を押さえるような動き。言葉にできないものに触れようとする指先の加減。「心を持たない」と言われ、普段の表情も決して豊かとは言えないヴァイオレットですが、この芝居はそんな通説に反してとても感情的だったと思います。芝居自体は大袈裟なものではありませんが、「こういうの、なんと言うのでしょう」と語るヴァイオレットの言葉を体現するような手の動きがよりこの芝居を感情的なもの足らしめてくれていました。なにより、こういった芝居こそが今回の話、ひいては今作の “愛 (感情) を知る” という主題をより強調していたようにすら感じられたのです。

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ギルベルトのことについてヴァイオレットに問いただされたクラウディアの芝居に関してもそれは同様でした。ここでは何かを隠す、嘘をつくことに後ろ向きな感情を抱いてしまうが故の芝居が見られますが、特にポケットの中で拳を握るような芝居に関しては強めのSEもつけられていて、より強調して感情的な芝居であることが描かれていました。

 

言葉には出来ない、伝えられないことを芝居で滲み出るように示唆する、そういった意味ではこの一連のカットにも前述したヴァイオレットの芝居と同じレベルの演出意図があったと言えるはずです。手のアップショットを映し、芝居から何かしらの心の機微を捉えることで、実際には見えない・分からない・表出させたくない感情や心の輪郭をフィルムに描き出す見せ方。これは終始続いて、本話における演出的なテーマにさえなっていたように思えました。

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エヴァーガーデン家での一幕でも同じように手のアップショット。T.U(トラックアップ)からポン寄りと、ぎゅっと握られる両手が非常に強調的に描かれますが、これもやはり演出意図は同じなのでしょう。軋むグローブの音も言ってしまえば感情の代弁。その心の閊えがなんなのか、それ自体ヴァイオレット自身にはまだ分かっていないのかも知れませんが、それを感情と呼ぶのだということを本作はほとんど隠そうとしていなかったように思います。本人に自覚はなくとも、その一挙手から滲み出る感情を逃しはしないとカメラを寄せていく見せ方がよりこの物語の情動性を強くしていましたが、逆説的にはむしろ感情を大っぴらに語ることが出来ない彼女たちだからこそ、心を映すためにはその細部に目線を合わせる必要があったのかも知れません。些細な行動、芝居、音。その全てを拾い集めてでもヴァイオレットたちの心や変化を描こう・汲み取ろうとする今回の映像への執着は端的に凄かったと思います。

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回想を除けば、感情芝居のピークはやはりヴァイオレットが「愛してるを知りたい」と語った場面。美的な場面でも、変わらず細を穿つような手元を映すカッティングは続きます。ぎゅっと力強く握られた拳と掴まれたスカートはくしゃくしゃになるまで皺をつけ、前述してきた手の描写同様、彼女の心がここに至りいかに強い意志を持ったのかということを描き切っていました。そしてそんな彼女の言葉を聞いて少しだけ嬉しく思い、安堵したかのようにクラウディアの手がすっと緩む。どちらも非常に感情的で丁寧な芝居です。話のターニングポイントとなる箇所で手を映し、手で語ってきた今回の話に相応しい締め括りだったと思いますし、こういった芝居を執拗に撮り続けてきたことを活かしたラストシークエンスだったとも思います。

 

なにより、そうした感情芝居が繰り返し描かれ情動的なフィルムになっていく、というのは彼女が感情を知っていく (或いは、知っていたことに気づいていく) ことへの注釈にもなっていたはずです。そういった意味では、既に両腕を失くしてしまったヴァイオレットが新しく手に入れた腕で感情的な芝居をする、というのもとても示唆的で良いなと思えました。紅茶がかかっても熱くない、というような不感さを示しておきながら芝居ではとても有感になる。その差異にも本作の主題はきっと多く含まれているのでしょう。感情芝居が彼女の “愛を知る” 一歩目としても描かれていたとことも踏まえ、始まりと予感を感じさせてくれた素晴らしいエピソードだったと思います。

KAエスマ文庫 ヴァイオレット・エヴァーガーデン 上巻

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