新海誠作品の記憶と、アルバム

昨日公開された新海誠監督のインタビュー動画。Macの広告動画として投稿されたものではありますが、その中で語られた新海監督の作品に寄せる想いなどはとても貴重なものとなっていました。

特に冒頭で語られた「自分で今好きだった風景が変わってしまう前に、その場所のアルバムを作品の中で作る」という言葉は非常に胸に刺さるものがありました。作品内で描かれる美しい背景美術の原点として青春時代に過ごした地元の風景をよく例にあげる新海監督だからこそ、いつの日か見た風景の記憶を作品世界に落とし込むというのは手掛けてきた作品にしっかりと根付いている部分なのだと思います。

 

ですが、それは決して緻密に描かれた背景や場所、その時代独特の空気感に関してのものだけではないのでしょう。なぜなら、新海監督の作品で描かれてきた風景というものには、これまで培われてきた作品たちの息吹もがそこに残されていたからです。現実にあった風景をアニメーションとして落とし込むだけではなく、氏が手掛けてきた数々の作品の風景が次の作品の中へと繋がっていく。それは新海監督作品を追い掛けてきた方であるならば少なからず感じることのできる、紛れもない "物語たちの記憶" に他なりません。

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それは演出、美術、台詞の細部まで行き渡り、私たちファンを "あの頃" の気持ちに引きづり戻してくれる契機にも成り得ていました。代表的なのは『秒速5センチメートル』第三話のラストシーンと『君の名は。』の終盤。前作を踏まえ後作を観た人は擦れ違う男女に言い知れぬ想いを抱いたのではないかと思いますが、それに関しては舞台挨拶で新海監督自身「以前の作品を意識したシーンがある」と語っていたのだから、おそらく意図的ではあったのでしょう。粋な計らい、ファンサービス。もちろんそういう見方も出来るのだとは思いますが、前述した言葉を借りていいのならばこれもまた一つの「好きだった風景が変わってしまう前に、その場所のアルバムを作品の中で作る」ということだと思うのです。

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それは、最新作『天気の子』のクライマックスシーンでも同様でした。階段を駆け上がる帆高を撮るカメラワークと『言の葉の庭』のクライマックスシーンで描かれるカメラワーク、そして階段の踊り場という類似性。そこに込められた意図の違いは以前の記事*1で触れたところなので割愛しますが、該当のカットを観ることで他の物語を想起させられるというのは、やはり今では一つの作品そのものが監督自身にとっても私たち受け手にとっても "新海作品を綴じ込んだアルバム" に成り得ているということでもあるのです。

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そういったことを意図してか意図せずか、冒頭で紹介した動画にそれと地続きなカットが登場します。それが『ほしのこえ』の序盤シーン。非常階段を降りる美加子と、その姿を映したロングショット。前述した二作に先駆け描かれた作品、シーンではありますが、選択を強いる階段、休息の踊り場、抜ける空の美しさなど演出意図はやはり通ずるものを感じさせます。

 

もちろんこういった共通の見せ方や心情描写はここだけの話ではありません。あらゆるモチーフを使い、撮影を駆使し、「描きたいのは、ただの風景というより人間を含めた情景」と語るような新海監督*2だからこそ、重厚な心象描写を媒介にそれぞれの作品が結びついていくのはもはや様式美なのです。

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でも、だからこそ作品の数が増えれば重なる想いも増える。美加子は、佐由理は、明里は。昇は、浩紀は、貴樹はーーと。一つの作品を観ていても、そういった感情の奔流に飲み込まれてしまうのです。それほどまでに新海監督が描く情景描写というものは、一度刺されば二度と抜けないような感傷性をもたらし続けてくれました。

 

けれど、冒頭でも触れたように「好きだった風景が変わってしまう前に、その場所のアルバムを作品の中で作る」のが新海誠作品が持つ一つの側面であるならば、それも仕方のないことなのでしょう。自身の過去作をなぞるのではなく、次の物語へ生かし、投影させ、前へ進んでいく。それは "あの頃の気持ちを忘れないよう" アルバムを綴じていくのと同じ様に、年を重ね作られていく新海監督の作品にはだからこそ必ずと言っていいほど過去に在った物語たちの断片が顔を覗かせるのです。そう感じることが出来るのもまた、私が新海誠監督の作品たちに魅了され続けている理由なのでしょう。そんなことを今回の動画を観て、改めて思い馳せました。

新海誠美術作品集 空の記憶~The sky of the longing for memories~

新海誠美術作品集 空の記憶~The sky of the longing for memories~

  • 作者:新海 誠
  • 発売日: 2008/04/24
  • メディア: 単行本
 

*1:参考記事:走り続けた貴方達へ贈る、祝福のダイアローグ――『天気の子』を観て - Paradism

*2:新海誠美術作品集『空の記憶』インタビュー項に掲載