『イエスタデイをうたって』3話ラストシーンの演出について

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雨降りしきる中の喧騒から一転、少し落ち着きを取り戻した晴の心情を汲み取ったかのよう快晴から始まるラストシーンがとても情緒的に映りました。特に二輪車に跨り走る彼女の背を捉えたカットは素晴らしく、空へ抜けていく画の良さには強く胸を打たれました。まるで広大な空に対し、その存在の小ささを際立たせるようポツンとその身をフレームに収めるレイアウト。「コンビニに行かなくなったらそれで終わり」という彼女のモノローグにもあるように、それは彼女の孤独さや物語上における彼女自身の非力さにも由来していた見せ方でもあったのでしょう。

 

その中で特に印象的だったのは3D背景を含めた背景動画。バックショットの時*1もそうでしたが、彼女の背後に向かい景色が流れていくことを強く印象付けるカットで映像が繋がっていきます。これはきっと前述したような彼女の孤独さにも寄せる演出で、陸生と喧嘩別れした現状がこのまま続くのであれば、それは過ぎ去っていく景色、時間のように、彼女たちの関係もまた “このまま過ぎ去ってしまう“ ことを案じていたのだろうと思います。そういった現状に対する晴の立ち位置を言外に、情感よく見せる映像に強く引き付けられました。

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でも、だからこそ運命のいたずらか赤信号で止まる、というのが非常に良い物語の岐路として彼女の前に横たわっていくのです。過ぎ去っていく動的なカットから、一度立ち止まるための静的なカットへの自然な移ろい。想うため、考えるための時間を映像としても捉えていく意味。陸生と晴の姿をオーバーラップで重ねていくのも、つまりは同じことなのでしょう。互いが互いのことを考え続けていることへの示唆。その想いの根っこは違えど視線の先に相手を “視ている“ ことはきっと確かで、それを伝えるために二人を重ねていく。情感たっぷりにスローPANしていくカメラの動きも、きっと同じ理由での見せ方であったはずです。

 

互いが気づかずにすれ違うトレンディドラマの様な趣向もありつつ、その中でじっくりと足を止め、カメラを据えて登場人物たちの内面を映像として浮かび上がらせてくれる。アニメ『イエスタデイをうたって』を観ていてグッと胸を掴まれ、好きだなと思わせられる部分の一つが、まさにそこなのです。

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加えて、そんな流れの中でインサートされる自販機のくだりも非常に素晴らしく、思わず膝を叩きました。前述してきたような感情の描写、その一抹の吐露として叫んだ晴の声にタイミングを合わせ落下する缶コーヒーですが、そのボタンがどのタイミングで押されたのかが映像の中では描かれていないのです。ボタンを押した後に晴が叫んだのか、もしくは晴の声に驚き思わずボタンを押してしまったのかーー。

もちろん、どちらであっても陸生の行動としてはなんら可笑しなことはありません。ですが、こと意図的なカッティングのタイミングとして晴の声に合わせ缶コーヒーが “落ちた” のであれば、それが自らの意思で押したものなのか偶発的に押されたものなのかでは大きく意図が変わってくるのではと、どうしても考えてしまうのです。なぜなら、この缶コーヒーは陸生の中に落ちる(芽生える) “何らかの感情“、そのモチーフとしての役割も果たしていたはずだからです。だからこそ、それを陸生がどのタイミングで押したのかどうか、というのはとても大切な感情の指針になると思うのですが、それを敢えて描かない*2というところにまた良さを感じてしまうのがこのシーンの趣きでもあるのでしょう。だって、この時点では陸生が晴に対し抱いていた感情にはきっとまだ名前がつけられない。だからこそその細部 (彼女の声に促されるよう押してしまったのかどうか) は決して映さない。あくまで映像が彼らの気持ちを先回りし過ぎてしまわないように。そんな意思を感じるカッティングが本当に素敵なんです。

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そして走り出す陸生。過ぎ去ろうとした晴との時間、景色を再度詰めるような、去っていこうとする彼女を必死に追いかけるような非常に動的なカットが再度、描かれます。晴に対する感情にまだ名はなくとも、彼女に対しての感情は在るという事実だけが彼の足を動かし、その瞬間に物語/背景もが同時に動き出す、という非常にドラマチックなカットです。序盤にふれた晴の背景動画のカットとは大よそ対を成しているような気さえしますが、そういった動的なカットと静的なカットのシームレスな流れがこのシーンを一層素敵なものに仕立て上げていたことはまず間違いないはずです。

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やがて、その足はついぞ晴が踏みとどまり待つ一線へ。白線と境界のカットは2話でも濃厚に描かれていましたが、それが地続きな演出として描かれていたのもグッときたポイントでした。青信号に変わるも葛藤の末その場に残った晴と、その瀬戸際に一緒に立つ陸生。そんな二人の関係性や心情がリンクする瞬間までを非常に劇的かつ、繊細に捉えてくれた映像の運びです。オーバーラップで映像的に重ねた二人が、実際的に重なる (向き合う) 映像の帰結でもあり、二人の物語を支える演出の構成が本当に美しいなと思わされます。

 

また、晴が意を決して自分のことを曝け出す瞬間の逆光感も堪りません。最初のバックショットでは小さく感じた彼女の存在が大きく見えるレイアウトと撮影感、広角パース。このシーンにおいても色々な表情芝居を見せ、その複雑な心境を表層に出してきた彼女でしたが、その気持ちをぶつける瞬間に劇的なカットへと繋がっていくのは前述してきたようなカッティングの流れ、シーンテーマともきっと一致していたはずです。あくまで彼女たちの気持ちを前に据え、その流れの中でどう印象づけ、その想いをどうやってより強く伝えていくのかという映像の見せ方。このあとに描かれた晴の表情芝居、作画もそういう意味では同様の演出だったのだろうと思います。彼女の心が取り戻した前向きさ、決意とか、それでもって気持ちとか。そういうもの全てを含めたものを感じさせてもらえたことにとても感動しました。

 

そんな登場人物たちの感情曲線と映像演出の相互関係。ここではふれなかった一つ一つのカメラワークなどもそうですし、その大切さとか、それが合わさった瞬間の喜びを改めて噛み締めさせてもらえた挿話であり、ラストシーンでした。これから二人がどういった道を歩むのかはまだ分かりませんが、より彼女たちの今後を見守っていきたいと思えたことも嬉しかったです。本当に素適な幕引き、次回が一層楽しみです。*3

*1:こちらで描かれたプロップは手描き?

*2:おそらく意図的に

*3:アイキャッチ参考画像:

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