『八月のシンデレラナイン』7話の演出について

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感情を表に出すこと、自分らしく居ることが難しい二人だからこそ寡黙な演出が眩しく映えた今回の話。倉敷舞子の表情変化や、被写界深度、レイアウトを活かした九十九伽奈の視線の描き方など他の話数とはまた一味違った見せ方が光っていました。そんな中、描かれたAパート終盤。下校から終わりまでにかけての見せ方は本当に良く、物語として、映像としても非常に感動させられました。

 

世界を彩る夕景の美しさと、儚さ。どれだけ同好会に惹かれていたとしても “自分” と “彼女たち” の間に感じてしまう隔たりが否応なく突き刺さる演出。近いようで遠い。そんな舞子の目線に立ち描かれた距離感が彼女をより孤独に映し、その心に寄り添うための没入感を与えてくれます。

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外界の眩しさと内側にあるものの暗さ。今回の話においては舞子が置かれていた状況と当時の心の内を寡黙でありながら、何より雄弁に語っていたカットです。陽が沈むこと、部屋の暗さも影響してか心なしかさらに赤みがかる撮影効果。ぶれる視界、歪む声。OPで描かれるような “青さ” とは真逆の少女の葛藤 (映像) が次々に描かれていくことで、彼女に対する印象が刻一刻と変化していくのを強く感じさせられます。

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また扉を使った見せ方もかなり印象的でした。感情を表に出すことが苦手な伽奈だからこその苦悩。「気に障ったのなら謝るよ」という口癖に象徴されているように、きっと彼女自身も “踏み込むこと” への躊躇いを常に抱いていたのでしょう。自らの心を閉ざしてしまう、相手の心を開けることの出来ない二人の物語。

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ローショットを節々で描いていたのもそうした彼女たちの踏み込めなさと、あと一歩への助走を描くためだったのでしょう。追い掛ける伽奈とその呼びかけに足を止める舞子。遡れば屋上の扉を開けっぱなしにしていたことさえ、もしかすれば本当は心の奥底で誰かに声を掛けて欲しい、背中を押して欲しいという気持ち抱いていたことの表れだったのかも知れません。走っていく伽奈をフォローで追っていくカメラワークも非常に力籠る見せ方*1で、この辺りからのコンテワークには非情に引き込まれました。

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逃げようのないレイアウト。向き合うこと。関係を築くこと。だからこそのと言わんばかりの横構図に胸を打たれます。前話もそうでしたが横構図への持っていき方がとても丁寧で、この構図に意味をもたす演出の強さがそのまま物語の強度、彼女たちの青春に対する向き合い方へ繋がっているのが凄く良いです。照り付ける夕陽を受ける表情に強い意志を感じられるのも素敵で、そういった趣きを煽る撮影効果がより画面を感傷的に彩ります。レンズフレア、入射光など逆光だからこそ生きる見せ方は、まるで二人のやり取りを淡く包み込み見守るようにも映りました。

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相手を意識させるレイアウトはアップショットでも強く生きていきます。ありのままの気持ちを話す伽奈と、それを聞き入れていく舞子。相手が居る側の空間を空け、そこに向け語り掛ける二人を交互に撮っていくのが非常に情緒的です。どこまでも相手を意識し、二人の心の内を照らし出すことへ意味を見出したカット運び。「私は君に笑顔で居て欲しい」。ただそれだけを伝えること、その言葉を聞き入れることへ力を込めた映像の美しさがこのシーンには在りました。

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そして心を少し許し合った二人を祝福するよう、さらに色濃くレンズフレアが起こる。真正面から二人をきっちり捉えていくのも細たるレイアウトの妙で、彼女たちの行く末を良い方向へと案じさせてくれる素敵さで溢れていました。陽が落ちることで暗くなっていた少し前までの物語とは打って変わり、その寸前の輝きに少女たちの明日を描いていく物語の変遷と少女の成長。それは、きっと今回の話にとって一つ大きなテーマになっていたのだと思います。

 

今までにない声色で語られた舞子の「わかった」の一言も非常に身に沁みるもの。そういったフィルムを取り巻くすべての要素が噛み合うことで、『ハ月のシンデレラナイン』という作品の骨格を音を立てさらに強固なものへと築き上げた瞬間ーー。大袈裟ですがそんな言葉すら溢れてきてしまうほどに、このシーンには感動しました。

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最後は青空の下に立たせる、というのも粋な見せ方で凄くこの作品らしいなと思います。また仮の字を消すのではなく、上からバツ印をつけていたことにまで想いを馳せたくなるのもこの作品の魅力。不器用でありながら真っ直ぐな直向きさと力強さを感じさせてくれたことが本当に嬉しかったです。

 

加えて、「今の倉敷さんに必要なのは、ありのままの自分で居られる場所」。そう語った伽奈自身もまた “ありのままの自分で居られる場所を見つけたのかも知れない” と思えるストーリーテリングの良さにもついぞ胸を打たれました。彼女が笑顔になれたこと、ただそれだけのことがその証拠として映ったのは、今回の話の積み重ねがあったからこそ成せる結末に他なりません。

 

まさしく “僕が僕らしくあるために” と謳い続けた本作を象徴するような二人の物語だったと思いますし、彼女たちと一緒にこれからどう11人の物語として紡がれていくのか、今はそれがただただ楽しみで仕方ありません。ここまでこの作品を好きになれたことに感謝を。そして一先ず、本当に素適な挿話をありがとうございました。

エチュード(ハチナイ(初回限定)盤)
 

*1:ありふれた見せ方ではありますが、『時をかける少女』の影響もあり重要なシーンでのこの行動・カメラワークには強く心を揺さぶられてしまいます