『モブサイコ100Ⅱ』7話のラストシーンについて

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自分自身が “何者” でもなかったこと、特別な何かになったつもりで、その実なに一つ成長してはいなかったことを突き付けられた霊幻。そんな彼の帰路を映した終盤シーンが本当に素晴らしく、モブとのやり取りとそれを切り取ったカメラワークには強く胸を震わされました。

 

特にこのシーンはシチュエーションが素敵で、淡い空、ハレーションとエモーショナルな夕景がもたらす情感を霊幻の心境に重ね、一枚の絵として非常に雄弁なシーンにしていました。加えて “川沿い” と、その延長で描かれる “橋” という舞台設定がより物語を色濃く演出しています。それは時間の流れ・積み重ねを描く川という存在と、関係性を描く橋というモチーフの強度と言い換えても決して過言ではありません。川の流れに逆らいフレームインする霊幻の歩みはこれまでの出来事を否定するように描かれ、逆光により落とされる陰の濃さがより “彼自身” の虚しさを描き出すようでした。それはまるでこれまでのことを否定するような、そんな寂しさがラストシーン冒頭には漂っていたのです。

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それは画面の質感に限り、このカットにおいても同様でした。感傷的な透過光、逆光、陰影、それら全体を包括する撮影の良さ。無論、霊幻の心に差す光を映すためのカットではなかったはずです。しかし、カメラが逆側に跨ぎ前景を背動で描くことで “何かを予感させる可能性” が画面に生まれます。それはモブが待つ橋への差し掛かりであり、霊幻の逆行を押し留める最後の堤防の役目も担っていたのでしょう。

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そして、映るモブの影。光と陰のバランス。“何者かであったモブ”と “何者でもなかった霊幻” を背中合わせに見せていくレイアウト。画面の一つ一つが物語的であり、とても決まっています。PANやロングショットを使っての間の持たせ方も感傷的で、川の水面に反射し揺れる光がより画面の情感を高めていたりと、画面を構築する多くの要素が噛み合い二人のパーソナルな空間を生み出しています。

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こういうカットも本当に良いです。モブたちの視線を微かに感じさせるレイアウト。霊幻の表情を捉えるのは最小限に抑える。それでも彼の心情が痛いように伝わってくると感じられるのは、櫻井さんの演技・声音はもちろんのこと、画面内で描かれるレイアウトを含めた作画、色彩、撮影などフィルムそのものが非常に強く彼の心に寄り添っているからに他なりません。

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モブに寄せるカット一つとっても余念がなく、感傷さに寄せることにそれぞれのカットで描ける全てのベクトルを傾けています。なぜならこれは霊幻が抱えるエモーショナルなポイントを針の穴を通すよう緻密に、そして正確に貫くための話でもあるからです。落ち着き、おどける普段の彼とは正反対の感受性を抉り出すための物語であり、フィルム。それが凝縮されたラストシーンであったからこそ、これほどまでにコントロールされながら感情を揺さぶる映像が生まれたのだろうと思います。

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だからこそ、そんな彼の一番センシティブな部分を貫いた瞬間を回り込みで描く意味は大きく、大切なのです。物語と作画の山場が重なる必要性と重要性。その快感は筆舌に尽くせず、「良い奴になれ」とあの日放った言葉が今となって自分自身に返ってくるストーリーテリングの巧さ、その映像表現は、寡黙ながら非常に劇的なカットとして映っていました。

そしてそれが、“特別な何か” になりたかった霊幻にとって一途の光となる大きな出来事であったことは、もはや言うまでもないのでしょう。「超能力を持っているからと言って一人の人間に変わりはない」。だからこそ「良い奴になれ」。それは、あの日の少年にとってのあなたが今でも “良い奴” であるように、そうすることで誰かの “何か” になることもあるかも知れないのだから。

 

もちろん、それは霊幻が当初望んでいた “特別なもの” ではないのでしょうが、今はモブのその言葉のお陰で少し前を向くことが出来るし、救われてしまう。そう語るかのように描かれた彼の繊細な表情芝居にはひどく心を揺さぶられましたし、ここで表情をしっかりと捉えてくるカメラワークにも非常に感動させられました。加え、この話が橋の上で完結している、というのもまたシーン・コンテの流れとして良いなと思わされたポイントです。新しい二人の関係性が生まれ、始まっていく舞台としてとても素敵だと思いました。

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街から離れていく霊幻を映した冒頭と違い、最後は街へ向けまた歩んでいく二人。モブキャラクターのさり気ない芝居も街中へと溶け込んでいく二人を演出してくれているようで、本当にグッとくるカットです。バックショットというのも粋。シーンを通して終始夕暮れのマジックタイムで描かれたことが二人の特別な時間を彩っていたことも含め、どこまでも霊幻とモブの心情・関係に寄せたフィルムだったと思います。

 

ラストカットは影二つ。ここまで色々と書いてきましたが、正直このカットに全て込められているのではと思えてしまう程に、二人の関係性を説く上で雄弁なカットだと感じます。本当にどこまでも感傷的で情緒的なシーンです。もちろん、ここに至るまでの物語と映像あってこそのものではありますが、このラストシーンのお陰でもっとこの作品のことが好きになれましたし、制作に携われた方々には感謝しかありません。絵コンテは立川譲さん。演出を飛田剛さん。光の使い方やエモーショナルな画面作りなど立川さんらしさが存分に観れたのも嬉しかったです。素晴らしい挿話を本当にありがとうございました。