『リズと青い鳥』鎧塚みぞれの仕草、掴むことについて

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みぞれが髪を掴む仕草が描かれたのは、劇中でおそらく9回程*1だったでしょうか。寡黙にして映像*2で語ることが主体とされた本作にあって、彼女のこの癖は強く印象に残り、決して多くを語ろうとはしないみぞれ自身の感情を映すものとして重要な役割を果たしていました。足や手の芝居、瞼、眼球の動きにまで心情の変遷・動きを仮託していた今作ですが、冒頭から終盤まで物語の転換点となる場面で描かれたこの癖はその中でも特に強調されていたように思います。

 

ただその仕草が具体的にどういった感情を代弁していたのか、ということまではハッキリとは分からず、むしろその描き分けはぼんやりと感情の輪郭を描くに過ぎませんでした。なにかを言い淀むように髪に触れ、掴み、心の中に留める仕草。それは明確な心情が芝居から滲み出る類のものではなく、“なにかしらの感情・言葉を心の内側に抱いている” と感じ取ることが出来る “だけ” の芝居であり、そんな大枠の感情をぼんやりと映すためのものとしてその癖は描かれていたはずです。だからこそ、それはさながら “自身の内に籠る気持ちを掴もう (確かめよう) とするため” の仕草としても映り、みぞれ自身が内に秘めた想いや言葉にしがたい感情を一つずつ咀嚼していく*3ための行為としても描かれていたのでしょう。

 

その中でも、特に印象に残っているのはフルートに反射した光がみぞれに当たるシーンです。「希美は私の全部だから」*4と語るみぞれにとっては、自らを照らしてくれるあの光と手を振る希美の姿こそがそう語る理由そのものだったのでしょう。本作において随一と言いたくなるくらいにエモーショナルな光景でしたが、それも一転、窓際から希美が去ってしまうと同時に世界は色褪せ、みぞれの心を暗く染め上げるよう画面の明度が低下していきます。そして映されるのはどこか悲し気なみぞれの背中とそっと添えられた “あの仕草” でした。その行為が不安を表していたのか、寂しさを表していたのかは今となっても定かではありませんが、それでもあの時、みぞれは “希美が去った世界の中で芽生えた言葉にはしがたい感情” を強く感じていたのでしょう。

 

まただからこそ、彼女は自らの髪を掴むのです。心にそっと手を当てるように。大切にしたい “なにか” が零れないように。心の内にあるものの正体を探り、確かめるように。それはあの癖が描かれた多くのシーンに目を向けても大よそ同様に感じることのできた印象であり、むしろ本作は芝居や動きで繊細に感情を表現していく一方、その感情が “明確にどういったものであるか” ということに対しては時に遠い視線をも持っていたように感じるのです。そしてそれは希美とみぞれの感情を描くに際し、二人の心の全てを見せてしまわないための描写として物語の節々に使われていたはずです。言うなれば、それは「彼女たち自身にすらその感情に名前を付けられない時がある」のだということ。「誰にも知られたくない想いがある」のだということ。そんな不透明な感情と直情的なものの揺れ幅をしっかりと分かった上で、本作は彼女たち二人の自然体をただひたすらにファインダーの中へ収めていくのです。それは山田尚子監督が本作に寄せたインタビューを読んでも同じように読み取ることの出来る『リズと青い鳥』の主題の一つでもあったはずです。*5

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ただ終盤で描かれた希美に対するみぞれの芝居に関してはそれとはまた真逆の印象を受けたのも事実です。なぜなら、あの場で希美と対峙した際にはもう心を探りぼかすような “あの癖” や、アンニュイな表情が見られなくなっていたからです。自らを鼓舞するような力の込もり、皺の入り、感情的な表情。そして、みぞれにとっては勇気を振り絞って言ったであろう「希美はいつも勝手」という棘のある言葉。そんな彼女の言動の果てに見えてきたのは、これまでとは違い “みぞれの中に確かな想いと言葉が浮かび上がっていた” ということでした。

 

髪を掴み、アンニュイな表情を見せながら不透明なものを滲ませていたそれまでとは別の強い感情を滲ませる芝居と感情の吐露。それこそこの場面では、これまで描かれた癖の代わりとばかりにスカートを掴むみぞれの姿が映し出されます。おそらく同じ “掴む” 芝居でありながら真逆の感情表現を見せることで、彼女の心情の変遷をそこに描き出してくれていたのでしょう。言葉に出来なかったものから、言葉にしたいことへ。それはオーボエをみぞれが “向き合って” 吹けるようになるまでの様子を本作が繊細に切り取ってきたことと同じように、そんな微々たる変化こそがきっとこの物語では何よりも大切なことであったはずなのです。それを非常に繊細な芝居・仕草で表現しつつ、ことみぞれにおいては “掴む” という一つの行動に集約していくその流れは、言ってしまえば言外で多くの情動を語る本作の象徴そのものでした。

 

それも、髪からスカートへーー。そして遂には希美自身を掴んでいく*6行動の流れはその力の入れようも含め、途方もなく雄弁でした。もちろん、その先でみぞれが希美から引き出した「みぞれのオーボエが好き」という言葉は彼女にとってどれだけ幸福に足るものだったのかは分かりません。互いが互いの好きなところを言い合った際の反応はそれこそ “不透明な感情を滲ませた、遠い視線を持つ感情描写” そのものだったからです。けれど、その言葉を受けたみぞれが 「オーボエを続ける」と返せたのは、単衣に彼女がその理由をあの瞬間に “掴んだ” からに他ならないはずです。それは希美がみぞれに向け「みぞれのオーボエを支えられるように」と語り掛けたことと同じように。もどかしく言葉に出来ない感情が言葉になっていく過程 (芝居が次第に感情の明瞭さを帯びていく様子) もまた彼女たちにとっては大切な “成長の瞬間” なのでしょう。

 

曖昧な感情や表情、芝居、癖。心にそっと手を当てるよう、確かめるように “なにか” を掴んでいたその手が、一歩を踏み出すに足る明確な理由を “一つ” 掴むまでの物語。私は『リズと青い鳥』という二人の少女の青春記をそう解釈していますし、そう解釈できるだけの芝居と感情の変遷を繊細に描いてくれた本作を今はとても大切に感じています。願わくば二人の未来に少しでも幸せな瞬間 (Joint) が訪れることを祈って。本当にありがとうございました。

映画『リズと青い鳥』ED主題歌「Songbirds」

映画『リズと青い鳥』ED主題歌「Songbirds」

 

*1:・希美が羽根を拾い上げた冒頭

・拾い上げた羽を譲られた際

・優子が部長の挨拶を終えた時

・希美が放課後はパートの子たちと集まると告げた時

・進路希望を白紙で出したことを担任から追及された時

・向かいの教室に居る希美と一時を過ごした後

・新山先生から音大進学への薦めを受ける前

・優子、夏紀、希美と音楽室で進路について話していた時

・麗奈から「希美と合っていないのでは」と言われた時

※鑑賞時の記憶のため一部誤り・抜けがあるかも知れないため、随時追記予定

*2:主に芝居やレイアウトなど

*3:この表現が適切かは分かりませんが

*4:本編台詞からのニュアンス

*5:参考記事:以下参照

リズと青い鳥』で映し出しているのは、みぞれと希美という2人の秘密事なんです。2人からしたらあまり人には見せたくないものなんじゃないかと

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*6:抱きついていく