『こみっくがーるず』と徳本善信さんの演出について

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1話序盤から目立っていたロングショットでの芝居。静かに始まる導入と各々が寮へ集まる過程をじっくりと描いていたのが素敵で、とても引き込まれる演出だったと思います。fix、長回しで遠くから二人を見守るようなカメラ位置は、さながら下校する二人の時間をありのまま切り取る映像そのもので、そういった彼女たちの日常的な風景をしっかりと捉え描くことがフィルムに漂う情感の一因になっていました。本話の冒頭がこれほどまでにエモーショナルだったのは、劇伴などの効果を踏まえてもやはりそういった映像の影響が大きいように感じられます。

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バスト・アップショットなども使いますが、やはり引きの絵が強い冒頭。限界まで引いたような絵からフルショットほどの距離感まで魅力的な構図・レイアウトを使っていたのが非常に良かったです。寮の門を潜り引き戸を締める芝居も、この距離感で描くことに侘び寂びの趣きがあり、間や情感の介在する素敵なカットになっていました。手前に樹の葉が映り込んでいるのもこちらが彼女たちの生活を覗いているように感じられる前景の置き方で効果的。引きのショットが印象に強く残るような映像の組み立て方をしていました。

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続けて描かれる薫子が寮まで歩く場面も同様です。ここはポンポンとカットを繋いでいたので印象は異なりますが、とにかく引きの絵で彼女が歩いていく様子を映していました。

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カットテンポは (そもそも長回しではないのが) 違いますが、彼女の様子を見守るような視線であることにはやはり違わず、その足取りを一歩一歩追い掛けていくようなカメラワークがとても良かったです。なにより、この一連の映像こそが彼女たちの生活を見守るスタンスへ繋ぐ架け橋になっていたように思いますし、それは以降で描かれる薫子の危うい性格を “見守らざるを得なくなる” 物語の変遷とも少なからず一致していたはずです。

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さらには部屋の隅にカメラを置き広角気味に撮るようなカット。こういったカットは他の話数でも散見されましたし、各々の私物も含め彼女たちの日常風景をありのまま撮ることはやはり本作において大きな要素の一つなのだと思わされました。それが室外だとよりロング寄りのショットへ変化していき、カメラが引いた分だけ彼女たちを見守る印象の強い映像へとその様子を変えていくのでしょう。

 

もちろん引きの映像ばかりで構成されているわけではなく、寄りのカットやデフォルメ調の表現、漫画的なフレームを使ったカットなど色々な見せ方を組み込んでいる本作なので、そういった映像だけが本作の良さであるわけでは決してありません。ですが、今作の全体像を引き締めているのは、やはりこれまで挙げたようなロングショットの存在でもあるはずで、特にコンテ・演出などに徳本監督が入られた話数 / 入られたであろうパートはそれが顕著に表れていたと思います。

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特に素晴らしかったのは4話Bパート、縁側のシーンです*2蚊取り線香のアップショットから始まるシーンですが、次のカット*3は引きのロングショットを組み込み縁側で並ぶ二人を静かに映していました。この後に軽いコメディパートを挟みますが、笑いの空気を換えるようカメラが縁側を越え外に移ると、まるで一息を入れるように再度フルショットを映し*4、間と感傷的な空気をすっと吹き入れてくれます。前述した “引いた絵を挟むことでフィルムを引き締めている” というのはまさにこういった流れのことで、特に二つ目のカットに関して言えばカメラが逆位置に立つこと、それが引きの絵であることが映像の空気感を変えてしまう契機にすらなっていたはずです。

 

加えて、蚊取り線香を片付ける長めの芝居をここで描くのも1話冒頭と同様で、丁寧な芝居づけがこのシーンの雰囲気をより良い方向に運んでいました。こういった引きの絵と引きながらの芝居を描くというのは、おそらく徳本監督が作品を手掛ける上で大切にしている一つの拘りなのだろうと思います。そしてなにより、そういったカットの配分、それを繋げていくカッティングの巧さこそが、演出作品の素晴らしさ足る所以にもなっているのでしょう。

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氏がコンテ・演出を手掛けられたものの中で引きのショットを使い、情感を非常に巧くコントロールしていた作品としては『一週間フレンズ。*5が挙げられます。特に4話は主人公の長谷とヒロインの香織が喧嘩をしてしまう挿話として非常に印象深い話でしたが、なにより記憶に残っているのはその構図・レイアウトの良さでした。『こみっくがーるず』でも見られた前景を置いて覗き見るような画面も冴え渡り、これまでの話数では余り見られなかった非常に凝った画面が随所に散りばめらています。

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特に前景を意識したカットでは、樹・電柱・柱などで徳本さんは良く疑似フレームのようなものを画面の中に作り上げているイメージもあります。屋上にいる二人をフェンス越しに撮るのは全編を通じてよく使われていましたが、ここまで意識的に関係性を投影させたり、覗き見るようなショットとしてフェンスを使っていたのは、そこまで多くはなかったはずです。

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前景越しの超ロングショットとも言えるカット。『こみっくがーるず』でもよく描かれた類の画面です。喧嘩をして一人帰宅する香織を淡々と追い掛けるようにカメラがそっとファインダーを彼女へ傾けていたのが印象的でした。『こみっくがーるず』1話で薫子を追い掛けていたあのカメラワーク・カッティングに近く、とても情感のあるシーンになっていました。4話においては一番好きだと言えるシーンでしたし、こういう映像の運びは徳本さんの演出においてはとても重要なものだと言えるはずです。

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河原で仲直りをした後の帰り道。逆光の夕景とバックショットで締めながら、ここでもロングショットが使われています。これらのカットも地味にですが奥へと歩く芝居が描かれ、帰路につく二人を情感たっぷりに映していました。何度も言うようですが、こういったカットを要所要所で差し込めるのが徳本さんの演出の素晴らしさです。被写体とカメラの距離感を大切にしているというか、登場人物たちが各々過ごしている時間を大切に扱おうとしてくれるというか。カメラを近づけすぎては撮れない空気感、その場の雰囲気、歩み。それを多くは語らず離れた場所からそっと焼きつける見せ方にこそ、氏が手掛ける映像としての魅力が多く詰まっているのだと思います。

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また “焼きつける” という見せ方で言えば、こういった煌やかな表現を組み込めるのも徳本さんの演出の味だと思っています。*6

 

ここで挙げたものは『一週間フレンズ。』以外全て大沼心監督作品ですので、撮影を盛ったり、シルエットを活かす映像に関しては大沼さん自身の演出・味も少なからず出ていたのかも知れません。ですが、引きのショットでも決して客観的にはなり過ぎず、その余白の空間を時に美しく彩り、被写体の感情やその一瞬にある世界の美しさを切り取ってくれる見せ方は、既に徳本さんの演出・映像の一部になり得ていると言っても過言ではないはずです。

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単独で演出処理に入られた『こみっくがーるず』4話でもトランジションに淡い虹色の透過光を加え煌びやかにホワイトアウトさせたりと、美しく切り取るという点では同じ類の見せ方が垣間見れました。これはOPでも同様に使われているトランジションです。撮影でより淡く、美しく見せるのは1話でもやられていた処理の仕方ですし、徳本さんの演出手法として定着しています。5人が過ごす夏の風景、その一瞬を美しく見せるカットの繋ぎ方がすごく綺麗で儚く、この辺りもとても良いなと思えたシーンでした。

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また、そんなトランジションが使われたこのシーンでも構図・レイアウトの良いロングショットは健在。日々を過ごし、成長していく薫子たち4人の姿を見守るような視線で映してくれるのがこの作品の醍醐味だと思っていますし、もしかすればその視線は寮母である莉々香さんが彼女たちに向けるまなざしともリンクしている部分があるのかも知れません。

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また、徳本さんの演出回として最後にもう一つ触れたいのが『六畳間の侵略者!?』9話です。アバンや終盤の立ち代わり激しいアクション、Aパートの閑静な見せ方、レイアウト・構図と見どころの多い挿話ですが、中でも一番素晴らしかったのは主人公である孝太郎がゆりかを背負い歩くシーンでした。

 

煌びやかな撮影効果はこの瞬間がゆりかと孝太郎にとってとても大切な時間であることを示し、引きのショットはそんな彼女たちをそっと見守る視線としての機能を果たしていました。これまで挙げてきた作品同様、徳本さん特有のロングレンジでのカメラ撮りが明確な意図と情感をもって生かされた場面です。会話の内容も相まって、これ以上はないのでは、と言いたくなるほどに素晴らしいフィルムになっていましたし、全12話の本作においてはこの挿話が一番エモーショナルだったとも思います。

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さらに引いてもう一つロングショット。二人の関係に新しい絆が結ばれた瞬間に自然と虹が架かるのも素敵で唸らされます。水面鏡で見せるのもらしさがり、より物語を感傷的に彩ってくれるようで好きな表現でした。そこまでモチーフを多用する方だとは思っていませんが、画面の余白に世界の美しさや感情の滲みを描くのはやはり徳本さんらしい見せ方だなと思います。もちろん、こちらも大沼心監督作品ですのでその影響もあるのかも知れませんが、これまで挙げてきた徳本さんらしい演出の見せ方を踏まえれば、この挿話が氏の演出回として出色であり、今に至る演出手法に通じていることは大よそ間違いないはずです。

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その証拠に終盤も多くのロングショットで構成されています。止め絵を映すだけでなく、しっかりと芝居をさせ細かい表現に拘っているカットを差し込んでいたのもらしいですし、前景に樹の葉、大きな陰、柱、レイアウトを活かしたフレーム内フレームなど、巧い画面構成をしていたのも顕著でした。

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こういうレイアウトも徳本さんらしいです。覗き見ているような感覚のカット。前景が効果的で、フルショットに近いのも同様です。もちろん、こういったカットだけではなく、寄りのショットも多いのは前述してきたとおりです。ですが、不意に差し込まれるこういったカットがあるからこそフィルムに緩急や間が生まれ、物語に独特な空気感が漂い始めるのであり、それは担当されている他の演出回においても同様だと言えます。

 

特に『こみっくがーるず』ではそういった間や空気感が強く浮き彫りになっていて、徳本善信さんの初監督作品でありながら演出手法的な意味合いではこれまでの集大成だとも言える作品にすらなっています。距離感を感じさせる画作りと、それに伴う情感の厚さ。登場人物たちを突き放さない世界の切り取り方と、それを見守る視線。現行の作品も含め、徳本さんの仕事をこれからも追い掛けていきたいと思えるのは、そういった幾つもの良さと物語への寄り添いを映像から感じ取ることが出来るからに他なりません。

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例えば、『こみっくがーるず』3話Bパート以降での引きの芝居。簡潔に言ってしまえばこういうカットがあるからこそ、私はこんなにも徳本さんの演出に惹かれてしまうのです。

 

傘が飛ばされそうになり逆さ傘になるまでの芝居、起き上がってから小夢が薫子を心配し戸を開けるまでの芝居をそれぞれワンカットで描くことの意味。ほんの些細な芝居ですし、決して派手なものでもありませんが、こういった生活的な芝居とそこから生まれる間にこそ本作に漂う空気感を支える力があるのです。そしてそれを描くことでより彼女たちの生活感やそれを取り巻く空気、果ては心情的な部分にまでフォーカスを充てていけるのが徳本善信という演出家の素晴らしさに他ならないのでしょう。そういった面でも、やはり『こみっくがーるず』は徳本さんの色が前面に出ている作品だと言えるはずです。

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最後に、徳本さんがよく使われるモチーフなどについて少しだけ触れたいと思います。まず、先程も挙げた水面鏡やそれに準ずる水面を映すカット。これは担当されている多くの作品で登場します。*7意図があるもの (そう感じられるもの) から間を入れるために使っていると思えるものまでカットの用途はそれぞれだと思いますが、これもまた演出回の中では印象的なモチーフカットになっています。

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モチーフ的なもので言えば、あとはカーブミラーとかも同じですね。『こみっくがーるず』1話で何度も出てきていますが、以前の演出回などでもこれは度々登場します。それぞれ印象的に使われていて分岐路であったり、間接的に映す装置としてだったりと、色々な意図がありそうです。

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回想・妄想・コメディパートでは古い映写機で映し出したような質感とフィルムロール?などのトランジションを使うのも特徴的です。*8

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こういった表現も同じく『こみっくがーるず』1話で何度か使われていました。元々はこういう特異的な見せ方も大沼さんがやられていた印象があるんですが、そこまで今回は確認していないのでここでは印象程度の話で留めておきます。ですが大沼監督作品に演出家・キーマンとして多くの作品に参加されていた徳本さんなので、その影響を少なからず受けているのではと感じてはいます。*9

 

そんな感じで、徳本善信さんに関してここ5年くらいの仕事を目途に、コンテ・演出までやられた回に絞り振り返りました。ここで触れることが出来なかった挿話の中にも良いロングショットでの芝居や演出回は幾つかありますが、余り羅列ばかりしていてもとは思うので、この辺りで終えたいと思います。

 

こみっくがーるず』に関しては5話まで視聴しましたが、中西和也さん演出回は一人原画であったことも関係してか、徳本さんが手を入れていたであろうこれまでの話数とは大分色の違うフィルムに仕上がっていたのが驚きでした。ここで言うロングショット・fixでの芝居などはほぼ見られなかったと思いますし、コンテワークも大分違う印象でしたが、これまで挙げてきた徳本さんの演出とも比較しながらまた後日じっくり観直してみたいです。作品自体はまだ折り返し地点なので、彼女たちの物語も含め今後徳本監督作品としてどんなフィルムを見せてくれるのかとても楽しみにしています。

*1:サムネ画像

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*2:個人的に4話Bパートは徳本善信コンテパートだと思っている

*3:左キャプチャ

*4:右キャプチャ

*5:4話と8話のコンテ・演出として参加

*6:左から『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』4話、9話、『一週間フレンズ。』8話、『落第騎士の英雄譚』4話。コンテ・演出を徳本善信

*7:左から『六畳間の侵略者!?』9話、『一週間フレンズ。』4話、『落第騎士の英雄譚』4話、コンテ演出徳本善信。右『こみっくがーるず』3話はコンテのみ徳本善信。高島大輔との共同。

*8:左から『一週間フレンズ。』8話、『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』9話

*9:左から『落第騎士の英雄譚』4話、『こみっくがーるず』1話