『小林さんちのメイドラゴンS』1話の演出、空の色について

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全体の演出について、というよりは個人的に気になったポイントについて。まずはトールとイルルのアクション終わり、夕景のシーンについてですが、時間経過をしっかりと描いた上でその変遷がトール自身の感傷性に触れていく流れがとても素敵でした。それに加え「街を守ることを忘れかけた」と自省する彼女の心に、正面から歩み寄る小林さんをしっかりと捉えるシーンの出だし、二人のあいだに距離感を感じさせないことを前提として据えるようなカット運びも素晴らしいです。相手の影へ踏み込むほどに近づく、それをしっかりと描くことが、言葉数が決して多くはなかったこのシーンにおいてとても肝要だったのだと思います。

 

木々で二人を挟み込むレイアウトなどは、イルルが登場した際に描かれた木の影による分断に対する対義的なモチーフにもなっていて、1期から育み続けてきた彼女たちの関係を有無を言わさず包み込むような質感すらありました。

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あちらこちらに視線を泳がせるトール。「街を守ることを忘れかけた」という自責の念がそうさせていたのは言うまでもありませんが、それでもやはり小林さんはただ一点、トールのことを見つめています。トールの表情を正面から捉え、より鮮明に彼女の内心を汲み取ろうとしてもいいような場面ですが、そうはせず小林さんの肩ナメで、二人が相対していることを強く意識させるよう描いていたのは、やはりどんなことがあろうとも一つ揺るぎないものを携えている彼女たちの関係性が前提にあるからなのでしょう。

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そして、言葉を濁すトールに対し言葉ではなく手を指し伸ばし、触れる小林さん。多くは語らずとも優しく撫でる手の芝居、その柔らかさが何よりも雄弁であり、このシーンにおいてはそれこそが戦い終えたトールに相対する小林さんの応えにすらなっていました。距離感を描かない、感じさせないカットの積み重ねのうえに、"距離" という質感すら伴わせない芝居を置く。演出として、物語として本当にとても芯が強いなと感じさせられます。最後はトールの主観で。「帰ろうか」の一言。ああ、この風景があるから私は戦える、諦めずにいられるんだと。そんなトールの心の声がしっかりと聞こえるような映像の繋ぎでした。

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また、個人的に強く印象に残ったのがこのカットでした。前述したカットと同じくトールの主観で描かれたカットですが、ここに強い引っ掛かりを覚えたのは背景の描き方に起因するところが大きかったように思います。もとは3Dで組んでおいたところに張り込みをしたよな立体的な背景で、特にパーキングの標識付近に寄って見てみると看板や装置が別離して描かれていることが分かります。簡潔に言うと "奥へとカメラが進んでいくカット(POV)なので、その動きに対し違和感の少ない描写にするのなら当然、建物や標識も位置関係が変わる" ということです。

 

それこそ、主観で小林さんの背を追うというそれだけでも十分意味性の強いカットではありますが、そこにこういった立体感のある背景を描くことでより前へ進んでいる/進んでいけるという実感を与えてくれる辺りは、本当にさすがの手際だなと思います。なにより、そういった入り組んだ背景による立体感、奥行きの明瞭さが、なかば主観視点の主たるトール自身の感情にもリンクしていくように感じられたことは私にとってとても大きいものでした。一度自信を失いかけたトールが、改めて小林さんへの感情を取り戻し、その想いの深さ(奥行き)を鮮明にさせた瞬間。「私はいくらでも頑張れる。小林さんの隣にいるためなら...」という台詞にもあるように、そういった感情へ強い実感を持たせてくれる印象的なカット*2だったなと思います。

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最後にとても良いな、と一番感動した描写について。これまで書いてきたシーンの締めにあたるカットですが、個人的にこの空へ向けたPANアップと空の色味には強く心を打たれました。なぜなら、こと『小林さんちのメイドラゴン』という作品において、この紫と橙色のグラデーションの空には大きな意味性があると思い続けていたからです。

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それを証明していたのが1期6話のこのシーン。群像的に人とドラゴンの関係性をそれぞれのかたちで描いていたのがこの回の素晴らしいところでもありますが、ある帰り道にて描かれたこのバックショットと空の色味は、間接的に二つの種族が緩やかに繋がっていく様を示すモチーフにも成り得ていました。人間とドラゴンは共存できるのかという漠然とした疑問の中で少しずつ手を取り合ってきた小林さんとトール。そこに明確な境界はないとする作品の根幹たる強さが、そのままマジックタイムによる夕焼けの色味としてこの空には示されていたと思うのです。

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そういった本作に寄せる思いがずっと心の奥深くに残っていたからこそ、今回の該当シーンでも同様のことを感じ、その空に同じ意味性を見てしまったというか。奇しくもシチュエーションは6話同様、小林さんの少し後ろをトールが歩む帰り道。合わせて二人の関係性の強さを裏づけるシーンでもありましたし、だからこそその締めに6話と同様の空を見せてくれたというのが強く私の琴線に触れました。

 

逆に言えば、その空からオーバーラップして映し出されたイルルが落下する空の色味がまだ赤味の強い空だったことには、前述してきたことと逆の意味性があるのかな、などとは考えます。まだ自身の種族が掲げてきた価値観が強く、電車内のシーンでも「お前を認められない」と小林さんに告げていたイルル。それでも、「認められない」ということは少なくとも小林さんを "意識していること" は間違いないわけで、だからこそあの空の色に若干の青味が差し込んでいたのは、彼女と出会ったことによって生まれ始めたイルルの不明瞭な感情の表れだったのかなとも感じています。

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またこれは余談ですが、先程挙げた『小林さんちのメイドラゴン』6話の演出を担当されたのは三好一郎さんです。三好さんと言えば中心となって参加された作品に『MUNTO』また他作品の演出回としては『AIR』11話などが挙げられます。そしてこれらの作品や話数に共通して言えることはやはり魅力的な色の空が描かれているということでした。特に『MUNTO』は人間と天上界の人々との関係性を描いた話ということもあり、『小林さんちのメイドラゴン』とは物語的な親和性も高く、該当の色味の空に関しては同じような意図があったのではないかと感じています*3。加えて『AIR』11話の空の色に関しては、その回が収録されている『AIR Vol.6』のコメンタリーにて石原さんがこうも語っています。

 

「まあ夕方の色って言われれば1色や2色ぐらいしかないんですよ、せいぜい。でも今回、背景とか色を決める打ち合わせの時に演出の三好が「色を割ってください」って言ったんです。例えば黄色っぽい、赤っぽい夕方からだんだん紫になっていってますよね。その紫になっていく、何パターンかの間を徐々に、夕焼けが暮れていく感じに時間が進むに従って、色を変えてくださいって。なんていう無茶な要求をさらっとあの人、温和な顔をして言うわけですよ。ひどい人ですよ。笑」


もちろん、三好さんがどういった意図をもって空の色を指定したのかは定かではありません。『AIR』11話やその他の作品において描かれた空に、同様の意図が込められていたわけでもないでしょう。けれど、三好さんが "空の色" というものにも拘りを持ち映像と向き合っていたことは、上記の言葉や氏が手掛けられてきた映像を観ても分かるのではないかと思います*4。だからこそ、今回の『小林さんちのメイドラゴンS』にて、そんな三好さんの逸話を過去に話してくださった石原さんが "ああいった空" を描いてくれたことがなんだか嬉しかったというか。もう少し踏み込んで言うのなら、あの空を観て、1期6話のあの回を重ね、三好さんの演出を思い返せたことがとても嬉しかったなと、そんな風に思えたエピソードでもありました。

*1:サムネ画像参考:

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*2:背景美術の立体感

*3:空の色、そのグラデーションにより混じり合う世界を描いている

*4:その他にも『響け!ユーフォニアム』や『ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』でも、色味は違うが印象的な空を描いている