『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』3話の演出について

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これまでの挿話でも感情的な手の芝居は多く見受けられましたが、今話でもそれは同様でした。「手紙とは呼べない」と言われた際のヴァイオレットの力の込め方や両親と兄のことを語る際に映されたルクリアの手などは特に顕著で、繊細に各々の機微を捉えていたと思います。感情を知っていく物語としてもこういったショットはとても映える上に、感傷的なものをより感じさせてくれるキーショットです。

 

しかし、ルクリアの話を聞いた際のヴァイオレットの芝居からはこれまでとは少し違う印象を受けました。なぜならその際の芝居はルクリアの感情が伝播して起きたものであったように見受けられたからです。カッティング順序としてもルクリアが両手を握り、家族についての話が終わった後に差し込まれたカット。ルクリアの芝居にヴァイオレットの芝居が呼応したとまで言い切るには難しいのかなと思いますが、彼女の芝居がルクリアの感情的な表情や涙・声色を受けて起きたものであったことは想像に難くありませんでした。そしてその “感情の伝播” とも呼べる今回の芝居の起源にこそ、ヴァイオレットにとってとても大きな意味があったのではと思えてならなかったのです。

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それは相手の言葉や感情表現からなにか*1を受け取っていたであろうヴァイオレットの表情からもそう感じることができます。揺れるハイライト。立ち去るルクリアを追う視線。そして彼女の言葉の中から「伝えたい本当の心を掬い上げ」ようとする所作。思考を巡らせるような間の置き方なども含め、その全てがこれまでの彼女とは違う側面を寡黙に伝えてくれていたはずです。

 

これまで以上にタイプライターを見つめ直すヴァイオレットの様子を映した連続的なカットがあったことも同じことです。ポンと鍵盤に寄るショット。ヴァイオレットを遠くから見守るよう再度距離を取り映されるフルショット。武器としてでなく、今度は言葉を、心を綴る道具としてタイプライターを見やる少女の変遷とその記録。その証左としての一連の丁寧なカッティングにはヴァイオレットへの新しい “予感” もが描き出されていました。

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結果、ヴァイオレットの書いた手紙はルクリアとお兄さんの間を再度繋ぐ架け橋となりました。あの日に繋いでくれた手のリフレイン。書かれた手紙をルクリア自身と見立てるならそれはさながら差し伸べられた妹の手そのものでした。そしてなにより、それを後押ししたヴァイオレットはあの瞬間、確かに彼女の心を掬い上げることが出来たのでしょう。ルクリアの前を進んできたお兄さんと、ルクリアの心を請け負ったヴァイオレット。そして今度はルクリアがお兄さんの道しるべとなってその手を引き上げる美しい物語の巡り合わせ。それらを端的に語ったこれらのカットは今回の話における重要なターニングポイントにさえなっていたように感じます。

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もちろん、ヴァイオレットはルクリアの心をすべて受け取り、救い上げることができたわけではないでしょう。手紙を渡し終えた後のヴァイオレットの反応を見ても決して確信があったわけではなかったはずです。けれど、感情が伝播する、或いは感情を知るというのはそれほど曖昧なものだとも思うのです。そして今のヴァイオレットにはそんな曖昧なものでも十分で、その些細な感受性の起伏と成長こそが彼女を新たな自動手記人形としての道へ導いてくれるのだとも思います

 

ラストカットでのルクリアがあの風景を初めて見たヴァイオレットのカットに重なるよう描かれていたのもとても意図的。大切な人との思い出を同じ風景に重ねた少女たちの心模様を端的に現した二枚です*2。見ているもの、感じているものは違えど、きっとほんの少しでも心を通わせた二人だからこそ並べることのできる絵。同じ構図でもなければ、立ち並んだわけでもないけれど、それでも二つのカットが同じ目線、同じ質感で撮られた意味はきっと、互いを少しだけ理解できた二人の関係と彼女たちの未来にこそ託されているのだと思います。「あなたが、良き自動手記人形になりますように」。今回の話で描かれたのは、そんな二人に贈られた祝福のテーゼでもあったのでしょう。本話を彩った美しい空や光の存在でさえ、もしかすればそのための演出であったのかも知れません。ヴァイオレットだけでなく、そんな “二人” に希望を感じることが出来た話・フィルムであったことが本当に嬉しく、観ていてとても引き込まれました。カッティングの面白さや緊迫感なども含め、本当に素敵な挿話だったと思います。次回も楽しみです。

*1:言い知れぬ、言葉にできなかったもの

*2:正直、この二つのカットを見ていると「時に手紙はたくさんの美しい言葉を並べるより、一言だけで大切な気持ちを伝えることが出来る」という本作の言葉を痛感させられます。本来ならここまで言葉を積み上げるより、この二枚で十分だと。それほどまでにこれらのカットは雄弁だと感じています。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』2話の芝居と演出について

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俯きがちな視線、目をそらす仕草と、終始どこか自信のなさを露呈していたエリカ・ブラウン。2話にして描かれたのはそんな彼女の寡黙な物語であり、自身を顧みるための話でした。

 

それも彼女自身が「自動手記人形に向いていないのは私の方だ」と語ったように、エリカはヴァイオレットに対し自らを重ねて見てもいたのでしょう。自動手記人形としての仕事に自信を持てていなかったであろう彼女の憂鬱と、自分を見ているように思わせるヴァイオレットの存在。だから必然と目を背けてしまうし、「みんな新人みたいなもの」というカトレアの言葉にも過剰に反応してしまう。狭いレイアウトに押し込めるようなカットもおそらくはそうした彼女の下向きさを重ねた描写だったはずで、エリカの弱さを突き付けるようなフィルムが度々閉塞感を生み出し、彼女の息苦しさを緩やかに演出していたように思います。

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またエリカの弱さはこうした芝居でも顕著に描かれていました。目を逸らし、俯いて、逃げるように立ち去るムーヴはもはや彼女のパーソナリティと言ってもいいのだと思いますが、それは決してポジティブに描かれたものではありませんでした。後ろ髪を引かれるようフレームアウトする時は髪が最後に残る、というのは好意的に解釈できるとても印象的なフレーム単位の作画ではありますが、それでも表情や芝居全体の陰鬱さを覆すほどでは決してありません。

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ですが徐々にヴァイオレットに視線を向けるナメの構図・レイアウトが多くなります。これはヴァイオレットを見たくないという思い以上に、(自分を重ねているからこそ)ヴァイオレットに関心を持ってしまう感情*1がそうさせていたのだと思います。直接的に向き合う機会を多く設けることはせず、陰ながら彼女を見ようとする視線の置き方がエリカ・ブラウンの人物像をこれ以上なく象徴していました。その点、ヴァイオレットはエリカと逆の人間性も帯びていて、常に相手を真っ直ぐと見つめ、ありのままを相手へ伝えようとします。それは相手の気持ちや感情を察せられない、という彼女の側面がそうさせている部分も勿論あるはずですが、今回の話ではそれが好転的に描かれていた部分もあり、エリカと同じようで違うヴァイオレットとの差異が今話では浮き彫りになっていたはずです。

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それを一番情緒的に描いていたのが雨上がりのシーンです。横構図は二人が向き合うことを余儀なくさせ、正面からヴァイオレットを撮ることで彼女の言葉と意思に強い軸を感じさせてくれます。「愛してるを知りたい」というヴァイオレットの真っ直ぐな想い。それを全身で受け、何かを感じ、何かを変革させられたエリカの心象を映像美で描く見せ方がとても美しいです。光と陰の分断はベタではありますが、これをここまで溜め込みカタルシスある見せ方に出来るのは本当に凄いと思いますし、俯きがちだったエリカの心を解く演出としてもこれ以上はないような気さえします。

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もちろん、そのこと契機に彼女の中でなにかが劇的に変化したわけではありません。それでも目を逸らさなくなった、俯くのではなく前を向けるようになったことは彼女にとって小さな、けれどとても大きい一歩目の前進となったはずです。そしてそれは今後のヴァイオレットとの向き合い方に変化を与える切っ掛けにもなっていくのだと思いますし、ともすれば彼女の夢の行方にまで影響を与えた出来事にすらなっていくのかも知れません。一つ振れる長針と、小走りするエリカを遠巻きに映したロングショットはそんな彼女を見守るよう描かれたキーカットでもあったのでしょう。眼鏡を外す、というのもとても印象的であり意図的。

 

そうした変化を統括し、私もいつか人の心を動かすような素敵な手紙を書きたいと、そう語れるようになるまでの彼女の些細な成長を描いた挿話としても、今回の話はとても素晴らしいものでした。2話にして群像的になってきたのは驚きましたが、今話の演出、またシリーズ演出を任されている藤田春香さんはそんな群像劇を見事に描いた『響け!ユーフォニアム』8話が出世作となった方。振り返ればとても合点のいく構成でしたし、演出だったと思います。藤田さんのシリーズ演出としての手腕も含め、よりこの作品のこれからがとても楽しみになった話だったなと思います。

*1:今話らしく言えば裏腹な感情

『スロウスタート』1話の足の芝居、その過程について

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おそらくは進学が一年遅れてしまっていることが一之瀬花名の内気な性格に拍車を掛けているのだと思うのですが、それを声色や表情だけでなく、仕草で繊細に描いていくれていたのがとても良いなと思いました。一緒に帰ろうと言ってくれたことに嬉しさを感じながら、徒歩通学であることに負い目を感じてしまいどうしてもネガティブになってしまう花名の心情が滲み出ていたような芝居。踏み出したいけど、踏み出せないような。あと半歩がどうしても前に出ないような。そんな彼女の少しモジモジしてしまう性格をよく含んだ芝居だったと思います。

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中盤のこのカットも同様です。ついネガティブに考えてしまい、前に踏み出せない彼女の心象をそのまま映してくれたような芝居です。「引っ越してきたばかりで何も知らない」ことさえあの状況では彼女にとって負い目だったのでしょう。自分の立ち位置が定まらない、自信のなさがつい表に出てしてしまったあの後ずさりの芝居は、一之瀬花名という人物のパーソナリティを描く上でとても重要なカットにすらなっていたはずです。

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けれど、彼女の足はネガティブさだけを映していたわけでは決してありませんでした。新しくできた友人に優しくして貰い、とても楽しい一日を過ごせた彼女にとってそれは本当に素敵な出来事だったのでしょう。たまての様に全身を使って嬉しさを表現することはない反面、その足はまるで弾けるように彼女の内心を雄弁に語ってくれていたと思いますし、こういう一面もあるんだということをこの芝居から感じ取れたことがなにより嬉しかったです。

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そして最後は自分から名前を告げ、一歩を踏み出す花名。ここも決め手はCパートの足の芝居でした。だからか、今回の話はそんな彼女のほんの少しの成長と過程をローショットで決め打ちする構成だったのかなと感じました。監督の橋本裕之さんは『ご注文はうさぎですか?』のシリーズでも手のフェティッシュなカットを要所に決め込んで入れていましたが、もしかすれば足のカットが今回はその役割を果たしていくのかも知れません。*1

 

また橋本監督は以前NHKにて放送された『ベスト・アニメ100』のベストセレクション『ご注文はうさぎですか?』内の特別インタビューにて次のように語っていました。

「大きな変化はないがその子にとっての小さな変化がある。それはその子にとって世界の危機に匹敵するくらいのものであってもいいと思う」*2

本作の一話を観て感じたのはまさに、そういった “小さな変化” の物語と、そこへの優しい寄り添い方だったように思います。足の描写の些細な機微・変化はその最たる例で、そんな橋本監督が考えるキャラクターたちへの向き合い方を端的に描いた表現にもなっていたはずです。

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大枠ではAパート冒頭からBパート終盤へのリフレインの構成。同じ様な一日でもほんの少しだけ違うことを浮き彫りにしてくれます。そして何を隠そう、その違いは彼女自身の心持ちでもあったはずです。勇気を出して、自分から向き合ってみる。そうすればもう少しだけ世界が広がっていくのかも知れない。そんな一之瀬花名の物語がとても愛おしく映りましたし、そうした変化の過程を足の芝居の差異でも描いていたのがすごく良かったです。これからもゆっくり彼女たちを見守っていきたいなと思えた素晴らしい第一話だったと思います。作画アベレージがもの凄く高いことも含め今後がとても楽しみな作品です。

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