青空の似合う貴方へ――『22/7』7話の演出について

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これまでの話とは違い、フィルムの質感が一変したのはジュンが建物の裏手に入ったシーンからでした。影中にスッと入っていく彼女の姿と、それを暗喩的に捉えるレイアウトはまだ見ぬ彼女の心根にそっと触れるような感触を与えてくれました。しかし、彼女はいつも通りの表情を再度見せ、影中から陽の当たる場所へと走り出していきます。オーバーラップしていく空の青さへの重なりと、駆け出す少女の後姿を映すことへの深い意図。それはこれから描かれていく彼女の半生が、いかにして今へ至ったのかを指し示す伏線にも成り得ていたのだと思います。

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それはまだジュンが幼少だった頃。生まれつきの持病を患い友達なんていなかったと語るその姿を捉えた映像は、余りに克明に彼女の孤独を映し出していました。回想シーン冒頭におけるジュンと空の青さの乖離は、それだけで胸を突き刺すようビジュアライズされており、ほぼ全影で塗りつぶされた彼女の存在はまるで世界から否定されているようにも映りました。コントラストの高さがより彼女と外界との境界を際出せていたのも合わさり、この話では "そういう” ライティングの使い方をしてくるのかとこの時、強く思わされたのをはっきりと覚えています。

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こういったシーン・カットでもそれは同様でした。戸を閉め、差し込んでいた光が遮られると残されたジュンはまたも孤独に苛まれていきます。コントラストの高い夏の季節感と屋内、演出意図のマッチング。零れる明かりは決して彼女までは届かず、その足元から徐々に心を締めつけていくようでした。ブラックアウトのトランジションやポツンと彼女を映していくレイアウトもおそらくは同じ意味合い。どこまでも戸田ジュンという一人の少女の仄暗い心模様を映像全体を通して伝えようとする見せ方です。

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外へ出れば世界の広大さに比べ彼女の小ささが際立つショットの数々。雲一つないのが余計に不安感を際立たせる上、それなのにカメラが寄れば影がかかる。映像としての美しさとは反比例してジュンの心情が重くのしかかってくるのだから、これほどまでに辛く、観ている側の表情が険しくなってしまうこともそう多くはありません。

その後、自室で咳き込み続けるシーンも同じです。彼女が置かれた現状に寄せる徹底したライティング。室内であるならば光は出来るだけあてない。なぜなら、彼女の心に光が差す出来事はまだなに一つ起きてはいないから。回想シーンに入ってからまだ間もない時間ではありますが、そうした一貫した演出、見せ方の積み重ねが異常なまでの没入感を与えてくれていたのはもはや言うまでもないのでしょう。彼女の言葉に、心に耳を傾けたくなる映像の妙。それは深く色づいた青空の様に、見つめれば見つめる程その先になにかがあるのではと思えてしまうこととよく似ていたように思います。

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そんなジュンの物語に変化が訪れたのは再度入院となったことが分かるシーンからでした。入退院を繰り返していた彼女にとっては、見慣れた場所だったのでしょう。冒頭がわりとフラットな画面だったのはそういったこれまでの経験があったり、周囲との人間関係がない閉じた世界だったからなのかなと感じました。ですが新たに大部屋へ入院してきた少女・悠の言葉に再度、映像のアプローチは変化していきます。自身が「可愛くない」と言ったベッドを「可愛い」と言う少女との出会い。その価値観の断絶に影中描写が入るのはこれまでと同じ意味合いでの演出であったはずです。

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しかし、それでも悠は踏み込んでくるのです。動こうとしない、むしろ視線を逸らそうとするジュンに対し、必ず動き始めを見せるのがジュンであったことはきっと脚本や絵コンテレベルでコントロールされていることなのだと思います。ジュンの居る場所にフレームインしてくる、というのはつまりジュンの心に悠が足を踏み入れようとするということでもあり、それは視覚的にも物語的にも今話のフィルムにとって大きな分岐点になっていたはずです。

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その最たる描写がこのシーンです。かくれんぼが始まりどうすればいいか分からないジュンの手をフレームインしてきた悠が引っ張る。それと同時にカメラも流れ、背中越しの悠の姿が非常に動的なフォルムで作画され、ジュンも同じくこれまでにない激しい動きで髪の靡きや皺の変化が描かれる。それはひとえに、悠の行動によって凪いでいた彼女の心に波風が立つことと同じ輪郭をもって語ることが出来る見せ方だったはずなのです。それは時として、背景動画が物語の動きだしにリンクし描かれるのと同じ様に。一本のフィルムの中でそれまで描かれてこなかったような描写が差し込まれることで、登場人物たちの心情の変化の兆しというものは大きく浮き彫りになっていくのです。

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もちろん、それでも晴れないものはあったのでしょう。これまの人生をかけ積み重ねてきた鬱々とした気持ちが一瞬で吹き飛ぶわけもなく、病気のことだっていつどうなるかは分からないし、先は見えない。だからこそやはり、執拗に影をかける。これはもう今話の一貫したテーマでもあり、きっと抜け出し切れはしないものとして割り切り描かれていたのだと思います。連れ立ってくれた悠との位置関係、背反。切り返しのカットでは近い位置で描かれるも、やはりジュンが目を逸らしてしまったり。それは病室のベッドを「可愛くない」と見てしまう隔たりと同じく、やはりそこまで彼女は色々なものを前向きに見ることが出来なかったのでしょう。

 

けれど、「人生は遊園地だと思う」という悠の一言で、きっとジュンの視界は大きく広がったのだと思います。「これが私の運命だ」と割り切っていた彼女の思考に新しく添えられた見方、アプローチ。悠の行動によって "陽の当たるきわ" にその身を置きかけていた彼女にとっては、もしかすればその一言でもう十分だったのかも知れません。

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屋上から不意に落ちてしまうジュン。その先はきっと新しい世界への入り口に繋がっていて、そこへ吸い込まれていく彼女をまるで祝福するように陽の光が包み込むような印象がこのカットにはありました。順光のカットはこれまでも幾つかありましたが、そのどれとも違う風合いを感じる画。そして我々が初めて見る彼女の笑顔と、笑い声。

 

そこからはもう、余りの幸せな空間の連続に身を寄せる以外、私には選択肢が残されてはいませんでした。「未来はそんな悪くないよーー」と歌いあげる挿入歌に乗せ紡がれていく日々。レイアウトや芝居の範疇では未だ悠が率先してジュンに歩み寄る描写が続きますが、一方でジュンの変化もしっかりと捉えられていく。そんな関係性のすべてが幸せに満ち溢れていく中で回想シーンは一旦の幕を下ろしました。

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幾度目かの回想シーン。続けて描かれたのはモチーフに継ぐモチーフ、前回の回想シーンとは打って変わり、暗く余りにも辛いシーンの連続でした。雨や誘導灯など感情表現としてのイメージショットや、悲嘆の只中に居る彼女を導くように描く道中の演出は少しばかり作為的にも感じてしまいますが、あの状況下で少しでも彼女の感情を汲み、その足を立ち止まらせないためにはもしかすれば必要なことだったのかも知れません。

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そして本話では二度目の大きな揺らぎ*1が描かれます。激しい靡き、深く刻まれる皺、寄る瀬のない感情。逆光のカットではあるものの、沈む夕陽が痛く何度も刺さるのはそんな彼女の内面に寄せた見せ方だったのだろうと思います。ここは彼女が新しい世界を与えてくれた場所だから。彼女が私に与えてくれたものは余りにも大きかったから。だからこそ、言葉にならないほどにたくさんの想いが零れ出す。叫びとなって。涙となって。「私がーー」なんて言葉が出てしまう程に。けれどそれも、この時の彼女にとっては本心だったのだと思います。そういった幾重にも折り重なった感情をすべて吐き出させてくれる夕景が、このシーンではただ一つの救いであったように映りました。

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そして皮肉にもこの出来事を機にジュンの持病が直ります。けれど、冒頭の回想シーン同様、こちら側と向こう側が "青さと影中” で分断されたのは、彼女自身がその結果を前向きな感情だけで受け止め切れなかったからなのでしょう。しかし、悠が広げてくれた向こうの世界への入り口を観てジュンが涙を流すのもやはり "その世界の美しさを知ってしまっていたから” に他ならないのです。引かれる後ろ髪と、差し込む光。その狭間にて彼女が出した答えは自らその一歩を踏み出すという、ただ一つ悠に向け贈られた応えでもあったのだと思います。

 

道中で挟まれた踏切のカットはまさしくそうした岐路のモチーフであったはずですし、だからこそ今度は一歩一歩、踏み締め続けるジュンの姿が変化のリフレインとして描かれるのです。

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あの日見上げるだけだった飛行機雲に届くように。そして彼女が見せてくれた美しい世界に飛び込んでいくように。青一面の空に向かい走り続けるバックショットはあらゆる意味を含み、もはや美しいとしか形容できない本話最高のカットにさえなっていたと思います。それこそ、冒頭に感じた深い青さへの不安感や、その中を駆けるジュンの小ささなどもはや掻き消えるほど、その姿はどこまでも一面の青空が似合うものになっていたはずです。

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もちろん、彼女だってすべてを乗り越えたわけではないはずです。今回幾度となく描かれたその仕事風景も、快活な姿も本当ではあるけれど、それでも胸に秘めているものはきっとずっとある。エレベーターを開けた途端、その眼に飛び込んできた ”彼女たち” に想いを馳せたように。「本当にありがとう、大変だったでしょう」と言われ、色々な感情が逡巡したように。無事でよかったという気持ちと、この世界に、この想いに気づかせてくれて「ありがとう」という気持ちと。

 

それは冒頭の青空へのオーバーラップショットにもきっと繋がっていて、だからこそ彼女はある日の影を背負いつつも、またその一歩を青空へと向け踏み出していくのでしょう。読まれることのなかったあの手紙に綴られた、「これからは悠ちゃんを見習って、楽しく生きていこうと思う」というあの一文に決して背かないように。「ありがとう」という言葉を嘘にしてしまわないために。

 

そんな、少しは嘯いてしまうジュンの感情を寡黙に伝えてくれるラストシーンがとても素晴らしかったですし、この話を通し、戸田ジュンという一人の女の子のことを心から好きだと思えたことが本当に嬉しかったです。物語としても、それを支える演出としても最高の挿話に、今は感謝の気持ちで一杯です。これからの彼女の人生に、良き世界の祝福があることを願って。本当にありがとうございました。

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*1:それは作画的にも